mitei 【藤倉くん】鏡に映して | ナノ


▼ 世界できみしか持っていないその鏡に

鏡を見た。

ゾッとした。

そこに映っているのは確かにおれで、おれじゃなかった。

あぁ。こういうモノをナカに飼っているのかと、その時はっきり理解した。

いや、理解したなんてやっぱり嘘だ。本当はたった一部を垣間見ただけ。それだけに過ぎない。

気分が落ち込んでいる時、何もかもに絶望した時。
人の目も鏡も見たくないと思うのはきっと防衛本能だったんだ。

人の目も鏡のようなものだから、本当のものを映し出してしまうから。
おれはそれを見るのが怖かったんだ。

瞳の奥の刃は鋭くて、鈍く光って切っ先を真っ直ぐおれ自身に向ける。

怖いと思った。
その刃がおれに向いていることにじゃない。

おれがいつかこの鋭い切っ先を誰かに向けたらと思うと、怖くなったんだ。

あの頃のおれなら何も気にしなかっただろうな。
寧ろ「だから何だ」、という風に思い切りコレを他人にも振り翳していたことだろう。

おれがおれに牙を剥いていることなんてずっと前から分かってる。
分かっていて、放置していた。

だって好きでもないものに優しくなんてできないでしょう。なぁ、そうだろ。

そう悲痛な顔で呟くのは少し前の…彼に出会う前のおれ自身だ。

今そんなことを彼の前で口走ったら、また頭突きされてしまうだろうか。
めちゃくちゃ怒るだろうな。変なの。自分のことでもないのにさ。

「いまはちがう…。だいじょうぶだよ」

過去のおれを諭すように囁きかけるけれど、それでこの棘が抜けるワケじゃない。

分かってる。きっとこの痛みも必要なんだ。
恐怖心も不安も、必要なんだ。

これらが無ければおれはこいつを止められないし、宥めることも、自分に優しくすることも出来ない。

きみがくれたんだ。
温かさだけじゃないこの恐怖も不安も、痛みでさえ。

他の誰でもない、きみがおれに与えてくれたんだ。

だからおれはこの刃がきみに向かないように、必死でおれからきみを守るんだ。

『馬鹿じゃねぇの』

きみが言う。

『そんなので俺が納得するとでも思ったのか?阿呆か』

だよね。きみはそういうひとだよ。

嗚呼、今までおれはおれのものだったのに、おれ自身を傷付けることを赦してはくれないんだ。きみの意思に関わらず、もうおれはおれのものではないけれど。

そんなことはきっと考えもせずに、おれがほんのちょっと自分を傷付けようとしただけで、きみは本気で怒るんだ。

まるで自分のことのように。いや、きっと自分自身が傷付けられるよりもずっと本気で怒るんだ。

それだけ大切に想ってくれているんだと、自惚れてしまうくらいに。

残酷なひと。だけどとても、優しいひと。

今無性にぎゅってしたい。
匂いを嗅いで、全身であの温度を辿って、手の平でその髪を梳いて。

目を見せて。
何よりも鮮明に映すその鏡に、おれはどんな風に見える?

顔を見せて。
こんなおれを見て、きみはどんな表情を見せてくれる?

きみのせいで怖いものが増えたよ。
大事にしたいって、思うのになぁ。

「変態っ!」ってまた怒られるかもしれないけれど、明日会ったら一番にぎゅうってしよう。
そうしたら顔を覗き込もう。恥ずかしさで涙目になったら、きっといつもよりきらきら映るだろう。

…どうか。

どうかきみの目に映るおれが、きみの望む姿でありますように。

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