mitei Colors 6 | ナノ


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「うー…ん」

何か………すっごい淫夢を見たような気がする。

重たい頭をのっそりと上げ、何となくこの部屋と隣の部屋を隔てる壁の方に視線を向けた。僕らの住むマンションは隣同士で間取りが左右反転になっているから、この壁のすぐ向こうが彼の部屋だ。
そう、彼の。

無意識に唇に手が伸びる。

するりと撫でたり、ふにっと押してみたりして。自分の手で触ってみても特に何も感じないけれど何だろう、何か妙に生々しい感触を覚えている…気がする。

起きたばかりの頭はまだぼうっとしてぼんやりとしか思い出せなかったが、指先が似たような動作を繰り返す内にハッと昨夜の記憶が蘇ってきた。

今度こそ鮮明に思い出せる。
自分のものじゃないあの温度、柔らかさ、鼓膜に響く甘い低音。切なげに細められた眼差しと荒くなる息遣いの音、それから譫言のように繰り返される言葉…。

間違いじゃなければ、僕は緋色と…。

え、いやいやちょっと待って。あれは夢…だよな?だって現実な訳無い。だって僕だよ?僕と緋色だよ?
やだなぁ、僕ってば幼馴染みに対して何て夢を見てしまったんだろう。

そう思うも、やはり夢にしては生々しい感触をこの唇が、耳が、身体が覚えている。それに抱き抱えられた時のあの手の冷たさも。

帰宅してからの一連の出来事を思い出して反芻すればするほど、顔に熱が集まっていくのを感じた。両頬に手を当ててみても、やっぱり熱い。っていうか、夢にしろ現実にしろ何かめちゃくちゃ恥ずかしいっ…!

いやいや、夢…だよな?

そう頭の中で繰り返して無理矢理落ち着かせながら、僕はいつも通り学校へ行く準備をしたのだった。

しかし夢にしろ現実の出来事にしろ、あいつに会ったらどんな顔をしようなんて考えていたのに…杞憂だったかな。

登下校は基本的にいつも一緒だけど今朝は何故か先に行っちゃってるし、学校に着いたら着いたでいつも通り彼は人に囲まれている。

昨日のことは現実だったの?なんて、とても聞けない。というかまともに顔を見ることすら出来ない今は、寧ろこの状況が有り難くもあった。
だって何度思い出しても夢にしてはやけに生々しかったし、かと言って本当にただの夢だったら緋色に何て思われるか分かったものじゃない。

「幼馴染みをそんな目で見ていたのか」、なんて…。彼に嫌われたら僕はどうしていいか分からない。

いやでも…もしアレが現実だったら?
もしかして緋色も僕と顔を合わせ辛いのか?
じゃあ、じゃあ何であんなこと…を…。

うぁぁ…自滅した。
駄目だ、思い出せば出すほど顔が茹でダコのように真っ赤になってしまう…。
だ、だって初めてなんだからしょうがないじゃん…っていや、問題はそこじゃない。そこじゃないだろ!

その前を思い出せ、もっと何か色々あった気がする。

そう、昨日のことを思い出すんだ。僕は確か………あ。

そこで漸く、桃谷くんから告白されていたことを思い出して僕は更にパニックになった。僕の妄想じゃなければ、全部繋がってる。
そうだよ。様子のおかしかった緋色は確か、『桃谷くんともこんなことが出来るのか』みたいなことを言っていた気がする。

それで、そこから…。

あーーー!もうっ!

これじゃあ考えすぎて知恵熱が出そうだ…。

「ちーいーちゃんっ!」

「わぁあっ!え、先輩?」

「驚き過ぎでしょ?ふっふふ、何か考え事してた?」

「いや別に、大したことでは…」

もやもやしながら歩いていると突然ポンッと両肩を叩かれて情けない程驚いてしまった。思わず振り返ると、そこにはいつも通りにこにこした笑顔を携えた立花先輩が立っていた。

考え事をしていたからなのか、背後から近付かれた気配を全く感じなかったんだけど…。

「ちーちゃん今から時間ある?」

「え、と…今日委員会じゃないですよね?」

「ちがーうよっ」と飄々と話す先輩はいつも以上に何処か楽しそうだ。
だけど何故だろう、僕はその姿に一瞬ぞくりとした何かを感じた。その悪寒の正体は分からなかったけれど、何度瞬きをしてみても先輩はやっぱりいつも通りだ。

…先輩には悪いけど断ろうかな。何の用かはちょっと気になるけど、今日はそれどころじゃないし。

またもやもやと考え込んでいると、僕の頭より少し高いところから振ってきた声が一瞬で僕の思考を塗り替えてしまった。

「今度こそ教えてあげるよ。俺と、君の幼馴染みくんの関係」

「え」

やっぱり。僕は確信した。
先輩と緋色が二人っきりで会話していたあの廊下で、僕がそれを見ていたことをこの人は知っているのだ。

不適な笑みからは何を考えているのか全く読み取れない。この人の本当の目的が、僕には全く分からない。

…だけど。

あの後の様子のおかしかった緋色を思い出して、僕は決心した。先輩が本当のことを何もかも話してくれるかは分からないけれどそれでも、少しでも何か分かればもう緋色にあんな顔をさせなくてすむかもしれない。

本人に聞いたってどうせまたはぐらかされるだけだ。

知りたい。
少しでも、知りたいんだ。

そうして言われるがまま、僕は人気の無い校舎の奥へと向かう先輩の後を付いていったのだった。

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