堕ちていければいいんだ。あの空まで。
あの深く底知れない、黒にも近い藍の世界へ。
何も考えず何にも囚われずただ、右手に別の温度を感じながら。
一緒に堕ちていければ、どれだけ心地が良いだろう。
小さな瞬きがおれ達のすぐ隣をたくさん通り過ぎて、チカチカと足元を照らすだろう。
きみは隣でくすっと微笑って、「すげぇ」なんて月並みな感想を零すんだろうな。
小さな星屑なんかよりもきらきらと眩しいその言葉を拾って、おれも一緒になって笑うんだ。
ふふって思わず吐息が漏れて、握る手に自然と力がこもったりして。
それでも呆れながらもきみはきっと傍に居てくれるから、そう思ってしまうまでにはおれは傲慢になってしまったから、そのまま一緒に堕ちてゆこう。
堕ちるところまで堕ちたらそこにはきっと小さな星屑も何も無くて、ただおれときみだけがいて。
そうしたら、それからどうしよう。
本当の本当にふたりっきりの世界になってしまったらきみは後悔してしまうだろうか。おれだけじゃ寂しいかな。
本当に何も無い真っ暗な世界でおれがずっと傍に居るよって言っても、「馬鹿だな」っていつもみたいに笑ってくれるかな。
いつもみたいに愛の言葉を紡いでも、笑って受け取ってくれるかな。
あぁ、月が眩しい。
青白い光が辺りを包んで、黒く短い髪を柔く照らし出した。
馬鹿だなぁ。
彼には光がよく似合う。
そんな分かりきったことを頭の片隅に置き去りにしたまま、真っ暗な世界でおれが彼の光になろうなんて救いようの無いほどに烏滸がましい妄想をする。
考えるだけならいいでしょう。誰も、傷付けはしないだろ?
夜は永くて、光が顔を出している時間はあっという間。
けれどきっときみがここに居てくれたなら夜はとても短くなって、きみが居なければ今度は昼間がとても永くなるのだろう。
要は、おれは寂しいのだ。
足りないんだ。きみが。
ここに居ればいいのにと思いながら、これ以上手を伸ばすことを躊躇って。
そんな事を繰り返しては、また一緒に堕ちていく夢を見る。
心地好く、静かで温かくて。
そんな世界で、ふたりで笑っていたい。
ねぇ。心の中で願うだけでも赦してね。
どうかこんなどうしようもないおれと、手を繋いでいてくれますように。
あの笑顔を、声を、温もりを、おれだけに与えてくれますように。
きみがほしい。おれをのぞんで。
堕ちてゆくなら、どうかふたりで。
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