世界には、どうしてこんなにも色が溢れているのに僕なんかが選ばれたのか不思議だった。
僕じゃなくても良かった。寧ろ、僕じゃない方が良かった。
何度そう思っても、やっぱりお前は僕を見ることを止めないんだ。
ある時、陽の光が差さない部屋で泣きじゃくっていた僕に彼はただ一言呟いた。
「きれいだ」と。
何を言っているのかまるで分からなかった。けれどふと見上げた先には雲に隠れている筈の太陽が顔を出していて、涙でぐしょぐしょに濡れた頬を躊躇いもせずに撫でてくれたのを覚えている。
『きれいだ』なんて、お前の為にあるような言葉じゃないか。
その言葉を、どうして僕なんかに向けてくれるの。
どうして、そんな優しい眼差しを向けてくれるの。
「帰ろ?紺」
「…ん」
生まれた時からずっと傍にあった太陽は今でも輝きを失わずに、それどころか一層眩しくなってただただ僕を射抜く。
本物の太陽は強過ぎて少し苦手だけれど、こっちの太陽の眩しさは少しも痛くない。それどころか彼が見るもの全てに温もりを与えているようで、尊くて、愛おしくて、羨ましかった。
太陽のような色。そうは言うけれど実際眩しすぎる光自体に色なんて無いはずで、それなのに彼の眼差しには魔法のように美しい色が灯っている。
暖かく周囲を照らすあの瞳は、光そのものだ。
お前は本当に、太陽なのかもしれないなぁ。
なぁ、僕をそのまま空まで連れて行ってくれないだろうか、なんて。翼も生えていない僕らにはそもそも無理な話で、リアルに飛んでいけたとしたって太陽に近づく程に作り物の翼なんて焼き尽くされてしまうかもしれない。
嗚呼今日も、夜が来てしまう。
眩しく暖かい太陽が隠れて、世界が深い色に包まれてしまう。
弱い僕は何度でも過去の苦しみをわざわざ引き摺り出してきて、怯える必要の無いものに怯えてしまうんだ。
太陽が傍に居ないだけでこんなにも寒いなんて。こんなにも、あの色が恋しいなんて。
「緋色」
音にならないように言葉を紡ぎ出して、壁の向こうで眠っているであろう彼の名を呼んだ。
壁に目を向けても見える筈なんて無いのに、無意識にお前の居る方を探してしまうよ。
ねぇ、どうかこの弱い叫びが聞こえていませんように。…どうか、聞こえていますように。
矛盾した僕は、やっぱりどこまでも弱い。そのせいできっとたくさんの迷惑をかけてきたし、たくさん心配もさせただろう。
駄目だ、だめだよ。強くならなくちゃ。ちゃんと彼に真っ直ぐ向き合えるように、僕は強くならなくちゃいけない。
だけど今だけはどうか呼ばせて。
朝が来るまで、この暗く沈んだ世界が光に包まれるまで。…本当のお前の色を、また見られるまで。
僕の暗い心すらも明るく染めゆくその光の名を、どうか眠る間だけ抱き締めさせて。
「 」
魔法の呪文を抱き締めながら今日も僕は、早く朝が来ることを願っている。
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