「あいしてるよ」
聞き慣れた声が、振動が不意に木霊する。
低くて甘いその音は心地好く身体に染み込んで、じんわりと広がってやがて心臓をとくんと驚かせる。
その声はいくら聞いても聞き飽きなくて、それが本物でも幻でも何度だって俺の耳を支配しては消えていくんだ。
だけど分かんないんだ。分かんないんだよ、その音が紡ぐ意味が。
友達に言うには余りにも甘く、冗談にしては余りにも真剣な声音で言うものだから。
なぁ、分からないよ。
それがどんな形であれお前の俺への好意を疑う訳じゃあないけれど、俺そんなに立派な人間じゃないよ。
お前みたいに格好良い奴にそこまで好かれる価値なんてきっと無いよ。
何でも出来るようでいて肝心なところは不器用で、実は影でたくさん努力してそんなことも感じさせないくらいいつもヘラヘラ笑って。
普段の言動も行動も意味不明だしスキンシップは異様に多い気がするしたまに変な方向に面倒臭い奴だけど。
そんなお前のこと、俺も嫌いじゃないけどさ。
だけど分かんないんだよ、俺には。
俺なんかに好意を向けてくれる人達には申し訳無いけれど、俺自身には一体何の価値があるんだって。たまに思うんだ。
贅沢なのは分かってる。俺を大切にしてくれる人達のことを信じられていないってことかも知れない。それも分かってるよ。
だけど、なぁ。
何でお前は今日もそんなこと言うの。
何でそんな風に笑うの。
何でそんなに俺と一緒に居たがるの。
…どうして、たまに寂しそうな目をするの。
もしかして、こんなクソみたいな俺の考えも分かってて真っ直ぐぶつかってくるの。
………なんて、まさかな。
いくら勘の良いあいつだってそれは無いよ、有り得ない。
だけど、さ。
もしそれでも俺のこと捨てないでいてくれるなら、俺のことを好いていてくれるのなら。
少しは信じてみても良いんだろうか、なんて。そんな気になってしまうよ。本当は信じたくて堪らない。
誰に否定された訳でも無い。だけど他でも無い俺が、俺自身がずっとどこかで叫んでるんだ。
自分の価値を、存在意義を、問うては嘆いて足掻いてるんだ。赦してって、たまに泣くんだ。
いくら聞こえない振りをしていたって、それでも聞こえてしまう赤子のような喚き声。
その棘の合間を掻い潜って、それでもお前は届けてくれるから。
届けようと、してくれるから。
「澤くん、」
「なぁに」
「あいしてるよ」
「…馬鹿だなぁ、ホント」
信じてみたくなっちゃうんだよ。
あぁ、お前の真っ直ぐさを自己肯定の道具なんかにしたくないのに。
そんな風に受け止めるべきではないのに。
「していいよ」
「は?何が?」
「んーん。でも、俺はそうして欲しいから」
そう囁いた声色はやっぱり何処か寂しそうで、だけど真っ直ぐ俺へと向かっていた。
臆病でゴメン。弱くて、ゴメンな。
「んぁ…」
ゆっくり瞼が上がる。あっついな…。
何か今日も夢にあいつが出てきたような気がするけど、気のせいかな…。うん、気のせいだ。きっと。
ぼうっと机の方に目を向けた。
そこにはいつかあの変態から貰った、くりくりお目目の豚さんが鎮座している。
ぱっちりとその豚さんと目が合うと、嫌でも奴の事を思い出してしまう。もっと見え辛い場所に置いておくんだったな…。
『澤くん、』
この部屋じゃ聞こえる筈の無い声がする。俺はまだ夢の中に居るんだろうか。
『 』
「………ばかじゃねぇの」
あぁ、やだなぁ。
どこまでも卑怯で欲しがりな俺は今日も、あの言葉を期待してしまうんだ。
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