あれ、この前の。
あれから数日後のことだ。
お昼休みもそろそろ終わりという時間に、人気のない廊下であいつを見かけた。
あのうるさい集団の真ん中にいたちっこいやつだ。
名前…何だっけ。やっぱり思い出せない。
今日は一人なんだ。というか笑ってないな。そりゃそうか。一人で笑いながら歩いてたら怖いしなぁ。
…もうすぐ授業始まるのに一体どこいくんだろう。
ほんの出来心だった。
初めて見たあの無表情が何となく気になって、気づかれないように彼のあとを尾けていった。
やって来たのは校舎の端にある非常階段の踊り場。
普段全く使われないというわけではないが、授業がもうすぐ始まるこの時間は基本的に誰もいない。
こんなところで一体何をするんだろう。
サボりかな?でも授業は真面目に出てるよな、多分。
彼に気づかれないようにそっと様子を窺う。すると彼はふぅっと深呼吸をして、突然何やら早口で喋り出した。
え、何あれ独り言?うわぁ…イタイ。
正直、引いた。
誰もいないところで一人ぶつぶつ呟くその姿は、ちょっと、いやかなり異様だった。
とは言え決して大声で叫んでいる訳でもなく、彼の声は耳をすませば俺のところでも何を言っているかギリギリ聞き取れるほどのものだった。
「…ったくあいつら本当調子乗りすぎだろ!ざけんなよっ!」
何だ、もしかして誰かの悪口か?
「大体俺のこと優しい優しい言うけど結局押しに弱いって言いたいんだろ!絶対分かっててそういうところ利用してくるじゃんか。何なんだ本当いい加減にしろよな!」
へぇ、そんなこと思ってたんだ。クラスの人気者でもやっぱそういうもんなのかな。良い人演じるのも大変だなぁ。
まぁどうでもいいけどね。
授業の準備しなきゃだしそろそろ教室に戻ろうかな、と思い始めた頃だ。
「……だ。」
ん?
一通り捲し立てた後、彼が最後に呟いた言葉に俺は一瞬呼吸を忘れた。
「一番最低なのは、俺だ。自分なんか、嫌いだ」
注意していなければ聞き逃してしまいそうな頼りない声だったが、確かに彼はそう言った。
同じ、だ。
彼も俺と同じ。
だけど全く違う。
俺はただ与えられる時間で溜まり行く重さを「疲れ」と称し、それを特に誰のせいにもしていないけれど、同時に改善する努力もしていない。
一方で彼は、その重さと真正面から向き合っている。
日々の生活で積み重なる重さの正体は分からないけれど、少なくとも彼は何とかしようともがいている。
その重さを自分のせいにしては、健気にも全て背負い込もうとしているのだ。
時には他人の分までも。
はっきり言ってばかだ。くだらない。
そんなに難しく考えずにもっと人のせいにしてしまえばいいのに。本当にばかだ。
…ばかだなぁ。
俺と彼は根本的に同じで、だけど決定的に違う気がした。
あの時感じた笑顔のぎこちなさは、やっぱり間違いじゃなかったんだな。
…もっと。もっと違う顔を、見てみたい。
それから俺は、秀から目が離せなくなった。
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