うーん。藤倉のお母さんにはああ言ってしまったけれど…。結局俺に出来ることって、正面からぶつかっていくことくらいしか思い付かないんだよなぁ。あいつの気持ちはあいつにしか分からないし、俺の行為は結局全部迷惑にしかならないかも知れない。
だけど他に方法なんて何も思い付かないし何より、諦めたくない。
だって俺はまだお前から何も聞いていないんだから。
まだぶつかることも出来ていないのに、やる前から諦めるなんて絶対したくない。
「おーい藤倉ぁ?居るんだろ?お前の母さんすっごい心配してたぞー」
閉ざされたドアをコンコンとノックしてみるも、中から反応は一切無かった。やっぱり居ないのかな。いや、絶対居る。俺の勘がそう言ってる。
あれから暫くして、藤倉のお母さんはまた出掛けてしまった。あ、そう言えば言伝て頼まれてるんだった。
「お前の母さんが冷蔵庫に晩飯入ってるからって言ってたぞ。なぁ、ちゃんと飯食ってるか?無理に学校来いとは言わないけど、俺だって心配するんだからちょっとは連絡くらいしろよな」
やっぱり何度話しかけてもノックしてみても返事は無かった。スマホを見ても、既読がついた後すら無い。はあぁっと長い溜め息を吐いて、扉に縋る様にして項垂れた。
ぼそりと漏れた心の声は、ドアの隙間からあいつに届いただろうか。なぁ藤倉、俺はどうしたらいい?例え独り善がりでも、俺は…俺はさ。
「…ただ会いたい。お前の顔が見たいだけなんだ」
脳裏に浮かぶのは、弾ける様な眩しい表情ばかり。ヘラヘラと緩みきった表情や心の底から楽しそうな笑顔、意地悪そうに何か企んでる時のにやりとした微笑み。たまに無表情になると怖いけど、それでも声をかけると応えるように俺に向けて柔らかく細められる、綺麗な宝石。俺はそれが、その表情全てが…。
「好き、なんだよ…」
空気に混じって直ぐに消えた、音にもならない言の葉。俺自身にだって聞こえるか聞こえないかくらいの、頼りない音の振動。
そんな聞こえる筈もない声が僅かに空気を揺らして消えた直後だった。
ドアに凭れ掛っていると、急に開かれた部屋の中から不意に手が伸びてきて俺の腕を引っ掴んだ。驚く間も無くそのまま部屋の中に引っ張られて、パタンッとドアが閉まった。
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