mitei 藤倉くんはちょっとおかしい5 | ナノ


▼ 5.澤くんと藤倉家

「ごめんなさいね呼び止めちゃって。お時間大丈夫かしら?」

「いえっ、全然!勝手に来たのは俺の方ですし。寧ろお邪魔してます」

何て上品な人なんだろう。立ち居振る舞いや言葉遣いが細やかで丁寧で、その一挙手一投足に見惚れてしまいそうになる。そう言えばあいつも、食べる仕草とか綺麗だったなぁ。

リビングに通された俺はふかふかのソファにぎこちなく座りながら、キッチンでお茶を用意してくれている藤倉のお姉さん(仮)を何となく目で追っていた。
背の高さも体格も髪の長さも全然違うのに、所々であの後ろ姿と重なる。家族ってこんなに似るものなのかな。やはり恐るべし、藤倉一族の血筋。

もう一週間以上見ていないあの面影を追いかけるように、俺は無意識に見過ぎていたのかもしれない。振り返った藤倉のお姉さん(仮)とバチッと目が合ってしまった。ヤバい、変に思われたかな。と思ったら彼女はお茶をソファの前のローテーブルにゆっくりと置いた後、口元に手を当てて上品な笑みを漏らした。

「ふふっ、ありがとう。あの子のこと心配してわざわざ来てくれたのでしょう?嬉しいわぁ。…こんなに素敵なお友達が居たのなら教えてくれても良かったのに」

やっぱりこれは…もしかして。

「あ、の…家ではあまり会話しないんですか?あ、えとすいません、いきなりこんな質問…」

どうも先程から、いや、ずっと前から気になっていた疑問が思わず口から零れ出てしまった。
藤倉は、自分の家のことをあまり話さない。こんなに大きな家なのに藤倉の家はいつ来てもあいつ以外見たことが無かったし、現にこうしてあいつのご家族と対面してる今も何だか変な感じがしている。俺の物差しで計ることになっちゃうけど何処か、俺の知っている「家族」とは違う気がして。

それにこの藤倉のお姉さん(仮)の話し方から、その疑問は更にはっきりとした形を帯びてきたのだ。あいつはもしかしたら、家族との関係が…あまり上手くいってなかったりするのかな、なんて。

ってこんな人様の家の事情に踏み込むようなこと、駄目だよな。もしかしたらあいつにとっては聞かれたくないことかも知れないのに。こんなことにまで首を突っ込もうなんて…俺はどんどん傲慢になっていっているんだろうか。

語尾を弱くして俯く俺に、また穏やかで落ち着きのある声が掛けられた。ゆっくり顔を上げると、あいつと同じ…いや、それよりもう少しだけ暗い榛色の双眸が柔らかく微笑んでいる。

「いいのよ。あの子から、何か聞いてる?」

「あ、いえ。特には、何も」

俺が踏み込んで聞かなかったってのもあるけど、あいつの家庭事情について俺は何も知らない。一人っ子でこんなでかい家に住んでるってことくらいしか。まだまだ、藤倉の事は知らないことが多いなぁ。

「そう。別に何があったっていう訳でも無いんだけれどね。私達…私と旦那は共働きでね。二人とも忙しいことが多くて、一織が小さい頃から一緒に居てあげられないことが多かったから。あの子には沢山寂しい思いをさせてきたのよ」

「そうなんですか。ご夫婦で共働き………。え、ふうふ、って…えぇ!?貴女は藤倉のお、お母さん!なんですか…っ?!お姉さんじゃなくてっ?!」

何とここに来て衝撃の事実が発覚してしまった。悪い藤倉。お前の生い立ちよりこっちの方がよっぽど衝撃的だ。何と目の前のご婦人は藤倉のお姉さんではなくお母さん…らしい。このビジュアルで高校生の息子がいるなんて嘘だろ。え、やっぱ女優さんか何かなの?

俺の反応を見て少し目を丸くした藤倉のお姉さん改めお母さんは、また上品に口に手を当てて「ふふっ」と笑みを零した。

「あらあら、そんなに若く見えるかしら?嬉しいわ。そう言えば紹介が遅れてしまってごめんなさいね。改めまして、一織の母です」

「え、あ、すいません!俺もちゃんとした自己紹介がまだでした。改めまして、澤優臣と申します。藤倉…くんとは同学年で、学校で仲良くさせてもらってます」

「優臣くん、良い名前ねぇ。改めまして、よろしくね」

「はい」



「そう。あの子、学校でちゃんとやってるのね。…良かった」

「はい。俺が言うのもなんですけど、毎日楽しそうですよ。成績優秀で先生にも信頼されてますし」

「まぁあの子が?あらあら、そんな事初めて聞いたわぁ」

あぁ、やっぱりなぁ。笑った顔。細められた目が、柔らかく揺れる髪が、口元が…本当にあいつそっくりだ。いや、あいつがお母さん似なのか。

というか初めて聞いたって…。あいつ本当に家族とちゃんと会話してないんだな。学校であったこととか、何も言ってないのかな。俺のことも言ってなかったみたいだし、普段家でどう過ごしてんだろう。
…やっぱり一人で居ることが、多いのかな。

「さっきの話なんだけれど…」

「はい」

「小さい頃から家に居てあげられなかったのもあるけれど、うちの主人が厳格な人でね。家に恥じない人間になれって幼い頃からとても厳しく接してきたのよ。それがあの人なりの愛情だったのだけど、ある時あの子に言われたの」

「一体、何て…?」

「『肝心な時はいつも居ない癖に、父親面するな』って。それから中学に上がる頃には、殆ど会話もしなくなったわ。あの子が家に帰ってくることも少なくなって、気付けばお互い顔を見る回数も減っていった。おかしいわよね、同じ家に住む家族なのに…」

「そう…だったんですか…」

それってあいつが荒れてたっていう時期と重なる…?お父さんと折り合いが悪くて、家に帰りたくなかったのかな。

その頃のあいつ、一体どんな顔してたんだろう。やっぱり寂しかったり…したんだろうか。そう言えば藤倉と中学が一緒だったかしくんは、ほとんど表情筋が動いてるのを見たことが無いみたいなこと言ってたっけな。無愛想でいつも眉間に皺が寄ってて…。うーん。

聞くだけなら簡単だけど、その時のあいつの気持ちはあいつにしか分からない。それにその気持ちさえ想像しか出来ないのがもどかしい。だって俺は高校に入ってからのあいつしか知らないから。寂しそうな顔なんて、あいつは殆ど見せたことが無いから。
もしかして俺の前でも、無理して明るく振る舞っていたりしたのだろうか。もしそうなら、俺はあいつに何も…。

しかし藤倉のお母さんは、考え過ぎて恐らく変な顔つきになっているであろう俺を見ると何故だかまた嬉しそうに目を細めて、続きを話してくれた。

「ふふっ。それがね、あの子ある時から変わったの。中学の終わり頃だったかしら…段々家にもちゃんと帰ってくるようになって、勉強もちゃんとして。挨拶も、ちゃんと顔を見てしてくれるようになったわ。今でも仕事で毎日顔を見られる訳ではないけれど、それでも高校生になってからあの子が変わっていったのが分かった。それはきっと、貴方のおかげだったのね」

「いやいや、俺なんて何も」

「いいえ。きっとそう。この間も話してくれたのよ」

「え、何をですか?」

「少しだけだけどね。学校は楽しい?って聞いたら、珍しく笑って『うん』って。あんなに嬉しそうな顔を見たのは久しぶりだったわ…」

「そうですか。…そう、なんですか」

少しだけほっとした。そっか、あいつもちゃんと楽しいって思ってくれてたんだ。それを、家族の人にも伝えられていたんだ。

けれどほっとしたのも束の間、今度は心配そうな面持ちで藤倉のお母さんはふうっと短い溜め息を吐いた。

「だけどここ数日は、部屋に籠ったまま出て来ていないみたいなの。何かあったのか聞いても教えてくれないし…まるで中学の頃のあの子に戻っちゃったみたい」

「一度も話してないんですか?」

「そう、ね。と言っても私も旦那も出張で家に居なくて、顔もあまり見られていないわね…。親失格よね、仕事ばっかり言い訳にして…」

「そんな事っ!無いと思います…。だってずっと、心配してるんでしょう?」

「そう、心配するだけ。実際には何もしてあげられていないし、してあげてこなかった。してあげたいと思うだけじゃ、やっぱり」

俯いた姿も、やっぱりどことなく似ている。こんな時まであいつの面影を探してしまうなんて。

でも良かった。安心した。

何だよ、居るんじゃないか。
俺の他にも、こんなにお前のことを心配して考えてくれるひとがこんなに近くに居るじゃないか。
ちゃんと甘えられる、安心して帰って来られる場所がお前にも、あるんじゃないか。

それを知っただけで、何だか泣きそうになる。この一週間以上ずっと独りきりで苦しんでるんじゃないかと勝手に思ってたけど、そうじゃなかった。そうじゃなかったんだ。
あいつならきっと分かってる。伝わってる。そう思うと、言葉が溢れ出して止められなかった。

「あの!…心配してくれて、何かしてあげたいと思ってくれる人がいる。そうやって無償の愛をくれる人が居るだけで、全然違うと思います。それにあいつはちょっとへんた…ズレたとこもあるけど馬鹿じゃないから、人の気持ちにちゃんと気付ける優しい奴だから。だからお母さんの気持ちもちゃんと分かってると思います。顔を見せないのも何も言わないのも、そうやって分かってて心配させるのも…。お母さんが甘えられる人だってちゃんと分かってるから、だから…」

心配してる、その愛情はきっと伝わっている。と、思う。
だからって顔も見せず連絡も寄越さないで心配かけまくっていいことにはならないけど。

「そうなのかしら…」

「お父さんとのことは俺には分からないけど少なくとも、家族だからあいつも安心して甘えられてるんじゃないかなって…思うんです…。す、すいません!こんな失礼な事…」

「やっぱり、貴方だったのね」

「…へ?」

「いえ、ごめんなさいね。初対面でこんな家庭の話しちゃって。何故かしら…貴方になら話したくなってしまったの。ねぇ優臣くん」

「は、はい」

「面倒臭いところもあると思うけれど、あの子のこと、よろしくね」

あいつが面倒臭いことには完全に同意。…じゃなくて。

真っ直ぐに俺を見つめる藤倉のお母さんを安心させるように、俺もしっかり目線を返した。「よろしくね」って言われてもこんな独り善がりで要領の悪い俺じゃあ頼りないかもだけど…。それでも、俺が返せる答えはひとつだ。

「はい」

prev / next

[ back ]




top
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -