mitei おもてとうらと | ナノ


▼ 僕の表はきっと、きみだね

「『恐怖』の対極にあるのは、何だと思う?『悲しみ』には『喜び』を。『不安』には『期待』を。『痛み』には、『癒し』を。
そうして『恐怖』の背中に合わさるのは、一体何だときみは思う?怖がって怖がって、そうして深淵まで身体を任せて堕ちていったら。その後に残るのは、いや、生まれるものは一体何だと思う?」

「先生、それは哲学ですか」

「いや、単なる僕の疑問だよ」

「いってて、それよりもうちょっと丁寧に処置してくださいよ」

「いくら運動が得意だからってきみはこうした怪我が多過ぎる。保健医使いが荒いんだよ。そういうきみには、こうしてちょっと痛いくらいの手当てが丁度良いのさ」

「言ってる意味が分からないんですけど」

「ほうら、おしまい。小学生じゃないんだからいい加減もっと気を付けなさい」

「…とか言って、俺が来て嬉しいくせに」

「否定はしないよ。だって僕のこんな面倒臭い疑問にも真面目に答えてくれるのはきみだけだからね。で?きみはどう思う?」

「面倒な自覚があったんですね…。『恐怖』の裏側なんて、まだ十数年しか生きてない俺には分かりかねます」

「年数なんて関係無いと思うよ。現に年寄りになってもこんな疑問すら持たない人達だって山ほど居る。それが悪いってわけではないけれどね。で?」

「で?って言われても…。じゃあ逆に、先生はどう思うんです」

「分からないから、きみに聞いてるんじゃないか」

「投げましたね。じゃあ、先生の怖いものって何なんです」

「…分からない。怖いものは色々あるけど、具体的には…分からないんだ」

「じゃあ休み時間ごとに校舎が違ってても偶然を装って廊下ですれ違おうとしてくるあの先生とか、しつこく連絡先を聞いてくる女子生徒とか?」

「あぁ、それもある意味怖いね。ははっ、妬いてくれてるの?そうなら嬉しいんだけど」

「いや。全然全く驚く程妬いてませんけど。というか、結局何が怖いんですか貴方は」

「そうだな…。強いて言うなら、『自分』、かな」

「じぶん」

「そう。『恐怖』を感じる自分自身。人によって何に喜び何に悲しみ何を恐れるのかは、共通することはあっても違うこともあるだろう?つまり『恐怖』を感じる、増幅させる自分自身が、時として怖い…気がする」

「なら楽勝ッスね」

「は?何が?」

「だって先生ひょろっちいじゃないですか。そんな弱そうな人が怖いなら、余裕で勝てるでしょ」

「腕力の話じゃないんだけど?というか、言っとくけどこう見えてきみより断然力はあるからな。引っ越し屋でバイトとかしてたし。…卒業したら思い知らせてやるから覚悟しとけよ」

「一応在学中は手出さないんだよなぁ。…クソ律儀め」

「オトナには色々あるの。後、ぶっちゃけ職を失いたくない」

「臆病かよ」

「そう。臆病だよ。とてつもなく、ね。だからきみにこんな質問をしてる」

「『恐怖』の向こう側、ですか」

「向こう…うん。正確には、表裏一体。紙にも裏表があるみたいに、そのすぐ裏側にあるもの」

「それが分かったとして、何かの役に立つんですか」

「分かんない」

「この色白ロン毛野郎」

「口が悪いぞ短髪クン。…役には立たないかもしれないけれど、ただ知りたいだけなんだよ」

「それで俺が答えられたとして、それが果たして正解なのかは分かりませんよ?世間の答えとはかけ離れてるかもしんないし」

「正解だよ。少なくとも僕にとっては、それだけが正解だ。きみの答えこそが答えだから」

「アンタ本当面倒臭いな」

「素が出ると段々口が悪くなるところも嫌いじゃない。ってか興奮する」

「職失う?」

「今はまだ嫌だ。無職じゃきみを養えない」

「え、待って俺養われるの?やだよ」

「もしもの話、だよ」

「冗談に聞こえないです先生。目がマジだよ…」

「で、答え出た?」

「あ、まだ続いてたんだ冒頭の疑問。えぇ、何だろ…」

「何なら堕ちてみる?一緒に」

「絶対嫌だ」

「底まで行ってみれば分かるかもよ」

「そこまで行く前に答え見つけてや…あ、」

「え、何なに?何か分かった?」

「えー…いや、でもありきたりかもだしなぁ…」

「いいから答えてよ」

「ちょ、顔近い…!髪擽ったいんだけど…!」

「何か思い付いたんだろ?言ってよ」

「思い付いたっていうか、ちょっと漫画のあるシーンを思い出したっていうか…」

「何でもいいから言って」

「えーと、確か強敵が立ちはだかってどうしようもなく怖くなった主人公が覚醒して…えっと、『勇気』百倍?になった、みたいな…?」

「『勇気』か…。確かにありきたりだな」

「だから言ったじゃんか」

「それで、きみはどう思うの」

「え」

「きみも、『恐怖』に相対するのは『勇気』だと思うかい?」

「えぇ、分かんないよそんなの…でも他に思い付かないし、そうなんじゃないですか」

「んー…じゃ、まぁそういうことにしておくか」

「何か腹立つな…人が折角考えたのに。っていうかさぁ、」

「ん?なぁに可愛く見上げたりして。キスくらいならバレなきゃ平気だよ?勃っちゃうかもだけど」

「白衣の天使とかってきゃっきゃしてる女子がこの発言を聞いたら何て言うのか…。じゃなくてさ、怖いものって他には無いの?ホントに自分だけ?一番怖いのって」

「うん?そうだよ。他に思い浮かばないな」

「仮にも『きみを失うことだよー』とか言ってくんないんだ?」

「え、待ってそんなこと考えてたの?かっわいい…。今すぐにでも職失いそう…じゃなくて、その心配は無いから大丈夫だよ」

「は?」

「きみを失うなんてことは有り得ない。どんな事があっても、何があっても手離す気はさらさら無いし逃がす気も無いから」

「え、………こわ」

「全ての事象からきみを守り抜いてみせる。ただ…僕自身から守ってあげられる自信は無い。だからやっぱり、僕は自分が怖い」

「…うん。俺も先生が一番怖いかも…」

「嫌いになった?」

「前言撤回…。嫌いになれない俺も自分が一番ヤバい奴な気がしてきた」

「だいじょうぶ。ヤバくてもヤバくなくても、きみがせかいだよ」

「………やっぱりアンタ面倒臭ぇな。そんな口説き文句初めて聞いた」

「ゴメンね口下手で。でも心配しないで。後数ヶ月したらいっぱい、思い知らせてあげる。僕がどれだけ、」

「ん、んぅっ…」

きみをあいしているかってことを。

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