「ん…んぁ…?」
「おはよ。気分悪くない?大丈夫?」
「え………あ…りょー…?」
「うん。ボクだよ。大丈夫?たぁくん」
「たぁ…くん?ん、大丈夫だけど…ここ、どこ?」
重い瞼を開けると、見慣れない天井の色が目に入ってきた。真っ白い天井。でも、保健室じゃない。あれ、さっきまでどうしてたんだっけ…。俺は何でここに…?
「ここは俺…ボクん家。S君がさ、別れようって言ってたよ。他に好きな人が出来たんだってさ」
「そっか…」
「ショック?」
「んーん。それで良かったのかも…」
思った程ショック…じゃない。
ということはきっと、俺も彼のことを本当に好きな訳ではなかったんだな…。
ふと友人の声がするベッドの横へ顔を向けると、そこには少し嬉しそうな表情を浮かべた友人の顔があった。一瞬誰かと思った。眼鏡もマスクもしていない姿は初めて見たけれど…確かに俺の友達だ。いつもは長く垂れ下がった前髪を耳にかけてベッドに頬杖を付き、優しく目を細めて此方に微笑みかけている。
「たぁくん、あの時おれの名前呼んでくれて嬉しかったよ」
たぁくん…?あの、時…?
眠い身体をそのままに、俺はぼんやりと微笑んだままの友人の顔を眺めていた。その片手はゆるゆると俺の頭を撫で、時折頬に下りてふにふにとその感触を楽しんでいる。
変なの。こいつってこんなキャラだったかな…。
「りょー…今何時…?俺、帰る…」
「まだ怠そうだし、今日は泊まっていきなよ。家にはもう連絡したよ」
「え、そーなの…いいの…?」
「ん。その代わり、」
ありゃ、何かデジャブ。
長めの黒髪が数束、カーテンみたいに下りてきて俺の頬を擽る。顔がゆっくり近付いて来て、今度こそ俺の唇は柔らかい感触を受け取った。
「んん?」
「まだ眠いの?かわいいなぁもぉ…たまんない」
「りょう…?なに、してんの…」
「何って、消毒」
しょうどく?
何のことだろうと思っていると、また唇を塞がれた。今度はさっきより温かく湿った感触で、ぺろりと唇を舐められたのだと数秒遅れて理解した。
何で、亮が俺にこんなことを…?
頭はゆるゆると撫でられたまま、まるで壊れ物でも扱うかのように何度も何度も髪の間を細長い指が擽る。されるがままにしていると、後頭部をくいっと固定されてまた、同じ感触。何度か繰り返す内に、力が抜けきった俺の口の隙間から亮の舌が遠慮がちに入ってきた。
「ん、んぅ?りょ、んぁ…」
「嫌、じゃない?はっ、おれは…大丈夫なの?たぁくんがやじゃないなら、やめないからね…」
「りょ、ふぁっ、まっ…んぅ」
「はぁ、かわい…。そんなだから、おれやあいつみたいなのに、付け込まれるんだよ…」
熱く、だけど優しく俺の舌を舐めるだけで直ぐに離され、また口付けられ…。
まだ少し重いけど、もう身体は動こうと思えば動かせる。けれどそれを嫌だとは思わなかったのは、抵抗しようと思わなかったのは、何故なんだろう。
「ん、んぅ…」
「はぁ…やば…かわい…。たぁくん、嫌だったらちゃんと言ってね。あいつと同じには、なりたくないから」
「はっ、はぁ…。よくわかんない…けど…。はぁ、りょーは、やじゃ…ない」
ぼうっとする頭で息も絶え絶えに俺がそう溢すと、俺のたった一人の友人は瞳を甘く蕩けさせ、心底嬉しそうにうっそりと微笑んだ。
「………良かった。じゃあおれがしっかり消毒してあげるね。…隅々まで」
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