帰り道は殆ど会話が無かったけれど、俺の家に着いてふと新たな疑問が出てきてしまう。
やっぱり俺はどこまでもネガティブで面倒な野郎だ。
「っていうか、俺なんかのどこがいーの」
「え、分っかんね」
「え…」
「別に、よっしゃ好きになろう!と思ってなったワケじゃねぇもん。気づいたらなっちゃってた感じ」
「えぇ…」
それって何か…別に好きになりたくなかったみたいに聞こえて結構ショックなんだが。
俺があからさまに落胆しているのも気にせずに、ベッドに腰掛けたままで叶太朗が続けた。
「まぁ強いて言うならぁ、…顔?」
「え、」
まさかの外見?!それもまたショックなんだけど、それでも構わず彼は続ける。
「いつも俺を見てくる顔。心配そうだったり、俺が喜んでると嬉しそうだったり、その、眼差し、とか…」
「眼差し…?」
言いながら彼の耳が少しずつ赤く染まり始める。こんな風に照れてる姿は初めて見たかもしれない…。それがまた想像以上に可愛くて、何だか身体がムズムズした。
「やっぱ無自覚かよぉ!もうっ!もうっ!」
「え、いてっ!えと、ゴメン?」
「バカバカばぁかっ!もう言ってやんねぇ!」
ポカポカと俺の肩を殴ってから、叶太朗はぼふっと埃を立てて人の枕に顔を埋めた。まだ仄かに赤い耳が、美味しそうだと思ってしまった。
「何かよく分かんないけど、まだあんの?…言ってよ。お前の口から聞きたい」
「………この無自覚天然タラシ!」
「え、今のって悪口…?」
バッと顔を上げた彼がまだ真っ赤な顔でじとりと俺を睨み付ける。…駄目だな、どんな表情も愛おしくて敵わない。
どうしても口元がにやけてしまうけれど、彼が言おうとしてることはちゃんと聞かなくちゃ。
「まだまだあるよ!言ってやるよお前馬鹿だから!どうせ言わなきゃ分かんねーんだろ」
「うん分かんない。教えて?叶太朗」
「くっ…その顔卑怯だぞっ」
「え、卑怯なの?」
何が卑怯なのか分からずこてんと首を傾げると、「はああーっ」と長い溜め息を吐いて叶太朗が続けてくれた。こいつも大概、俺に甘いなぁ。
「…だからその、優しいとことか、ちゃんと挨拶とかお礼とか言えるとことか、相手のこと真剣に考えるところとか…。その相手が俺だけだったらなんて、思って…林とか女の子達にも嫉妬して………って!何で形成逆転してんのぉ、もう…」
「え、と…嫉妬してくれてたの?」
「違う違う!いや違わないけど!今のは忘れて!!」
「忘れらんないよ。ヤバい…めちゃくちゃ嬉しい…」
今度はもう人目を気にしなくていい。俺は遠慮無く、すぐ近くで赤くなっている可愛い生き物に覆い被さって上から思いっ切り抱き締めた。気のせいかさっきよりあったかい。
力一杯抱き締めて匂いを嗅いで、肺を彼でいっぱいにする。それだけで、この世界はこんなにも息がしやすい。
「ちょっといきなりキャラ変えてくんのやめてよぉ…」
「変えてないけど?ってかさ、ちょっと確認したいんだけど」
「な、なに?重要なこと?」
「うん。超重要事項」
今度は俺が彼の頬に両手を添えて、くいっと顔を近づけた。近づくと真ん丸い目が更に丸くなって、頬がまた赤くなっているのが分かる。それだけでもう、答えは出ているようなものだけど。
片手を後頭部に回して、少し顔を傾けて柔らかい感触を唇で分け合った。長年一緒に居てもこんなに髪がかかるほど近づいたのはこれが初めてかもしれない。
一瞬だけの、触れるだけのキス。初めては何とか味っていうけれど、一瞬過ぎて正直分からなかった。だけど離れて見えた顔にはっきり浮かび上がったその表情だけで、俺の胸は十分満たされたよ。
「俺の『好き』って、こういうこと。叶太朗の『好き』も、これと一緒?」
「………もぉやだっ!!お前ってそうゆうとこある!!!」
「なぁ、」
「そうだよっ!一緒だよ!ってかわざわざする必要あった!?」
「え、やだった?」
「…馬鹿。やっぱお前馬鹿!!望は思ってたよりむっつりだったぁ…」
「ふっ、そうかも。な、もっかい言ってい?」
「な、何を?」
もう遠慮しなくていいんだ。怖がらなくていいんだ。真っ直ぐに、この想いをぶつけてもいいんだ。
そう思うとダムが決壊してしまったみたいに、今まで閉じ込めていた想いが止め処なく溢れ出した。俺にだって拾え切れない。
こんなにもたくさんのものを一生自分の狭い心の中に閉じ込めていようだなんてやっぱり馬鹿だった。こんなんじゃ、いつか壊れていたかも知れない。俺はそれでもいいと思っていたけれど、それがお前の幸せには繋がらないって今日やっと知ることができたよ。
「きょうたろう。すき。好きだ。すげぇ好き。俺が見てるのはいつもお前だけだったし、これからもお前だけだよ」
「ふわぁぁあ…あんだけビクついてた癖にいきなりスパダリ発揮してんじゃねぇよぉ…」
「真っ赤な叶太朗も可愛い。今まで臆病でお前のこと不安にさせたりしてゴメンな。俺、自分のことばっかりだった」
「…そんなことないよ」
「あるよ。それから、先に謝っときたいんだけど…」
「え、なに」
「これからもやっぱり俺は身勝手だ。もうお前のこと離してやれない」
ベッドの上で覆い被さる様に抱き締めた腕。その力を少しだけ強めて、さくらんぼみたいに真っ赤なままの頬にちゅっと唇を落とした。
「ちょちょちょ、ちょっと待って!やっぱり望何かキャラ変わってねっ?!」
「変わってない。これが俺だよ。…いや、嬉しすぎてちょっと浮かれてるかも」
これでハッピーエンドじゃない。きっとこれからが、始まりなんだろう。
だけど俺は今日世界で一番の最強の味方をつけたから、何があってもきっと負けはしない。それにこの一歩は、とても意味のある一歩だから。
辛いこともあるだろう。もう一歩も進みたくないと思うことも、どうしても立ち上がれない時も、きっとある。
けれどお前が隣に居てくれるなら、俺と同じ気持ちでこの手を繋いでいてくれるのなら。
この命が終わる時、その瞬間に、お前が心から笑っていてくれるなら。
「なぁ、」
「なぁに」
「最終的にお前が笑ってくれてるなら、それが俺にとっての正解なんだ」
「うん。俺も」
一緒に探そう。
二人で笑っていられる未来を。
俺とお前が一緒に笑える正解を、そんな当たり前で愛おしい世界を、二人で作っていこう。
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