「望くん実は…ずっと好きだったの!」
「…は?」
「だぁかぁらぁー!実はずっと前から…お前のコトが…」
「いやもういいってそういう冗談。しつこい」
「えぇひどくなぁい?!何かオレには辛辣じゃなーい?」
「明らかにふざけてるからだろうが。ってか、腕に絡み付くなよ!」
放課後またいつもの様に絡んできた林は今日も楽しそうだが、心なしか普段より鬱陶しさが増している。いつもよりやたらとくっついて来る林を振り払おうと試みるも、何度も何度も腕を絡ませてくる。
何なんだ、一体…。
それにそんな俺たちを見て口元を押さえている女子達の顔が仄かに赤いのも、毎度のことながら何でなんだ。
「いーいじゃんこんくらい!スキンシップ大事じゃん?」
「パーソナルスペースも大事だろっ!は、な、れ、ろっ!」
「ってかさぁ?さっきのオレの告白がマジだったらどうすんのさ」
「はあ?何言って」
「さっきみたくバッサリ振っちゃうワケ?悲しいんだけどぉ」
「そりゃお前、さっきは明らかにふざけてたから、」
「じゃあさ、もし本気なら真剣に考えてくれた?」
「え、」
腕に絡みついたまま、上目遣いでこちらを見る林の目に少し真剣な光が宿る。いつもふざけている癖に、…俺の気のせいか?
「真剣に考えてみてよ。もしオレと付き合ったらーってさ」
「ないだろ…そもそもお前彼女居んじゃん。四、五人」
「居るけどオレ、男もイケるよ?試してみる?」
「あほか!試す訳、」
言いかけた途端、教室中に「きゃああー!」っと黄色い声が響いて思わずびくりと肩が跳ねた。何だ何だ、何事だ。
「もう限界!写真撮りたい!!」
「この二人ならアリ!!」
「ね、ホントに付き合わないの!?林くんもカッコ良いし絶対絵になるよぉっ!」
林の顔が良いのは否定しないけど、それで何で俺がこいつと付き合うことになってんだ。そして何で女子達はこんなにも興奮してるんだ。もう訳が分からない…。
「え………。あの、何言ってんの」
「皆が祝福してくれるんなら、オレらシアワセになりまっす!」
「ちょ、マジでやめろ断るっ!」
離そうとしても尚しがみついて来る腕をまた振り払おうとしていると、背後でボトッと何かが落ちる音がした。振り返ると、見慣れた幼馴染みの見慣れない表情。無表情なんて、これだけ一緒にいても殆ど見た事が無いのに何で今…。
「あ、きょうちゃん」
「きょうたろ、」
「………悪い。邪魔した」
「えっ!?」
「あらあら」
俺と目が合った彼は暫く呆然としていたかと思うと、急に鞄を拾い上げて走り出してしまった。ほんの一瞬だけ見えた、苦しそうに歪められた目。それが幻覚であって欲しいと、心のどこかで願う。
というか「邪魔した」って、どういう…?
いやでも、とにかく追いかけなければ。あんな叶太朗、独りにしておけない…!
何も考えずに後を追おうとする俺の腕をぐんと引っ張って、林が引き留めた。今は一刻も早くあいつの元へ行きたいのに、邪魔されたことが腹立たしくてつい声を荒らげてしまう。
「離せっ!行かなきゃ、」
「何で?」
「は?何でってそんなの、」
何で?
それは、俺があいつの傍に行きたいからだ。あいつの傍に行って、それで…。
「行って、どうするの?」
いつになく真剣な眼差しで、林が問う。掴まれた腕の力は弱められる気配が無くて、焦りだけが募っていく。このままじゃあいつが、叶太朗がどこか遠くへ行ってしまう気がして。
手の届かない場所まで行ってしまう気がして、どうしようもなく薄暗い不安の波が押し寄せてくる。
そんな俺の気持ちを読み取ったかのように優しく目を細めた林が、ふっと微笑った。
「そんな焦んなくても大丈夫だよ。ね、何できょうちゃんは走ってっちゃったんだと思う?」
「………分からない」
「そりゃあこんな鈍感なやつ、きょうちゃんも苦労するわぁ…」
「それどういう意味だよ」
掴んでいた腕をゆっくりと離した林が、真っ直ぐに俺を見た。いつもふざけている分、真剣になった彼が纏う空気は嘘みたいに澄んで凛としている。
だからだろうか。俺はあんなにも焦っていたはずなのに、こいつの言葉を一言も聞き逃してはいけない気がしてじっくり耳を傾けた。
「なぁのぞみん。答えを見つけたいなら、まずは問いをはっきりさせることだ」
「問い…?」
「もう大サービスだかんなっ?のぞみん、お前はどうしたい?お前の一番の願いは何だ?」
俺は、どうしたい…?俺の一番の願いは…?
そんなの決まってる。
あいつが笑っててくれることだ。いつも笑って、幸せでいてくれることだ。
「あいつが、笑っててくれることだよ」
「本当にそれだけ?」
それだけ…?
…いや違う、それだけじゃ、ない。
あいつが幸せでいてくれること。それが一番の願いであることは変わらない。
だけど笑うのも泣くのも怒るのも全部、俺の前で見せて欲しい。
本当は全部、俺だけに見せて欲しい。あいつの幸せの中に少しでも俺という存在が居て欲しい。…もっと欲を言うならば俺が、叶太朗を幸せにしたい。
俺もあいつの隣で、幸せに…なりたい。
だけどそんなこと、望んでいいのか?俺が隣に居続けることが本当にあいつにとって…。
「…って!!?」
バシッと強く背中を叩かれハッと我に返った。手形が残るんじゃないかと思うくらい強い力で叩かれて、結構痛い。
「なーにしてんの!早く行けよ!じゃなきゃオレがきょうちゃん貰っちゃうよー?」
「なっ…それは、断るっ!」
「ふはっ、かっけぇ」
ざわつく教室に背を向けて、俺は走り出した。少しだけ振り返って、ひらひらと手を振る友達に告げる。
「林ぃっ!さんきゅな!!」
「礼は貰うかんなぁ!!ほーんと、かっけぇんだから。…でもめんどくせーから、やっぱりあんなのきょうちゃんにしか扱えないよ」
俺の気持ちを告げていいのか悪いのか、そんなことまだ分からなかったけれど今はとにかく、あいつに会いたい。会ってそれから、何から話そう。
『望』
呼ばれてもいないのに、遠くで彼が俺の名を呼んでいる気がした。行かなきゃ。早く行かなきゃ。その声が聞こえなくなる前に、アネモネの花びらがお前を隠してしまう前に。
「待ってて。すぐ行くよ」
すぐに行くから。
お前がそこに居るのなら、その隣に並べるのなら。ガラスの草原だっていくらでも裸足で走ってってやるよ。傷ついたっていい。
この姿のまま、お前の隣に追いついてやるよ。
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