校舎裏や中庭にこうして呼び出されるのは、今月だけでも何度目のことだろう。もう数えるのも面倒臭い。
「実はずっと前から、の、望くんのこと…好きだったんですっ!!」
「ありがとう。でも、ごめん」
「…どうしても、私じゃ駄目?」
「気持ちは嬉しいよ。でも、ごめんね」
告白される度に不思議に思うんだが、皆一体俺のどこを好きになってくれるんだろうか。碌に喋ったことも無いのに、よく分からない。
まぁ例えそれが分かったとしても、俺がこの子達に返してやれる答えはたったひとつなんだけれど。
軽いノリであわよくば、というのが見え見えな子ならまだしも、今回みたいな純粋そうな女子からの告白ははっきり言って苦手だ。俺にもその真剣な気持ちが少なからず分かる分、断るのもエネルギーを使うからだ。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、告白してきた女子生徒が口を開いた。
「まぁそっか。好きな人がいるんだもんね」
「えっ、」
驚きで思わず目を見開く。大抵の子は断ると直ぐに泣きそうな顔で立ち去ってしまうのに、そんな風に言われたのは初めてだったのだ。
俺に想い人がいることを見抜かれていたこと、それなのに告白してきてくれたことに、驚きを隠せなかった。彼女は玉砕覚悟で来てくれていたってことか…。
「何となく分かるよ。…だってずっと見てたんだもの」
「そっ、か…ごめん」
「そんなに何回も謝んないで?それより、私だって頑張って伝えたんだから望くんも頑張ってよねっ?!」
「え」
「当たり前でしょう?言わなきゃ相手にも伝わんないよ」
「でも俺は、」
男だし、女じゃない。彼も「彼」で、「彼女」じゃない。それに俺と彼はずっと家族みたいに一緒に過ごしてきたんだ。
そんな俺に告白されたら、そんな俺が恋愛感情を抱いていたなんて知ったら、あいつは一体どう思うのだろう。
…分からない。こんなに長い間一緒に居るのに何も、分からないなんて。
そもそも想いを伝えるという選択肢が俺には無かったから、まるで当然のように言われた彼女からの提案は俺にとっては見たこともない新しい景色のように新鮮なものだった。
「ねぇお願い。これ以上苦しそうな顔見たくないの。私は望くんに何もしてあげられないけど、せめてこれだけは言わせて?」
「…なに?」
「何もしてあげられない」、か。俺があいつに対して思うことと、似たようなことを言うんだな…。
「あのね、人を好きになることは、苦しいことばっかりじゃないよ。私はすごく楽しかったし、自分の気持ちに気づけた時は嬉しかった。それに気持ちを伝えるのは、すっごく大事なことだよ。勇気がいるし怖いけど、とても素敵なことだと思うよ。…自分で言っちゃうけどさ」
「あははっ」と照れ笑いする彼女はとても強く凛として見える。
…けれど何となく分かってしまった。僅かに震える唇に、潤みつつある瞳。彼女は今きっと、とても泣きたいのを我慢しているんだろう。我慢して、俺にここまで真っ直ぐ気持ちをぶつけてくれているんだろう。
俺はそんな彼女の気持ちに応えてやることは出来ないけれど、彼女の真っ直ぐなその想いはちゃんと伝わっている。例え叶うことは無いと分かっていても伝えてくれたその姿勢は、すごく格好良いと思う。
俺がそうしても、彼女みたいになれるのかな。
彼を困らせたり嫌われたりするのが怖くて、今の関係が壊れるなんて考えられなくて。今まで伝えようとすら思っていなかったけれど、俺も、…伝えていいのかな。
人に気持ちを伝えることは恥ずかしいことじゃ、ない。そう思って、いいのかな。
あいつが探すと言っていたみたいに、俺も探していいのだろうか。
俺の気持ちを伝えることは、果たして「正解」に繋がるのだろうか。
俺にとっての「正解」は、いつでもあいつが笑っていられること。それだけだ。
だけどもし気持ちを伝えたとして、それが彼の足枷になってしまったら?優しいあいつはきっと真剣に悩んで考えて、俺の事を優先した答えを出してしまうかもしれない。
自分の気持ちを、無理に俺に合わせてこようとするかもしれない。或いは自分に正直な答えを出して、距離を置かれてしまうかもしれない。
…それはどっちも、嫌だな。
全てを伝えてしまえば俺の心は少なからず楽になるだろう。だけどその分の重みが彼に行ってしまうというのなら。彼にも背負わせてしまうことになるのなら。
俺が一人でずっと心の中に閉じ込めてしまえば済むことなのだろうか。それもまた、「正解」へと繋がるのだろうか。
お前が笑っていてくれることを一番に望んでいると自分に言い聞かせながらも、その実本当の願いは自分にすら話せないでいる。
結局俺が一番大事にしているのは自分自身なのかも知れない。
…なぁ叶太朗。どうすればずっと、笑っていてくれるの。
「終わった?」
「あ、うん。待たせて悪かった」
昇降口で待っていた彼が顔を上げて俺を見る。いつも通りの…でもやっぱり何処か暗い、彼の表情。
「じゃあ帰るかなー」
「あ、のさ」
「んー?」
「何かあったのか?最近何となくその、…元気無いっていうか」
そう問う俺に、くるりと振り返った彼は無邪気な笑顔を浮かべてあっけらかんと返した。
「俺が?ははっ、そりゃあテストの結果があれじゃあなぁ」
「違うだろ。誤魔化すなよ馬鹿」
寂しいよ。他の誰でもないお前に本音を隠されることが、お前に俺に言えないことがあることが、お前に、何もしてやれないことが。
全部俺の身勝手な欲でしかないとしても、寂しいよ。
あぁそっか。そう言えば俺もこいつに話せないことだらけだったなぁ。
自分のことは話さないで相手には全部話して欲しいなんて、やっぱり俺は本当に身勝手だ。
俯いた俺の両頬に不意に温かい両手が添えられた。くいっとほんの少しだけ力を込めて合わされた顔と顔。逃げ場の無い距離で、太陽の光を閉じ込めたみたいな瞳が真っ直ぐに俺を射抜く。
「ホントに何でもないよ。ただちょっと、…己の醜い独占欲と闘ってるだけ」
「どくせん、よく?って、何だそれ?」
「はあぁーーーっ!ほんっと鈍い幼馴染みを持つと苦労するわぁー!」
パチンッと両頬を叩かれて、手が離されてしまった。
「いって?!それどういう意味だよ!」
「そのまんまの意味だよっ、ばぁか!」
「な、馬鹿はお前だろっ?!」
振り返ってまたにかっと笑う彼にさっきまでの暗さは無い。いつもの様に馬鹿みたいに明るく、無邪気な後ろ姿はやっぱり昔から変わらない。
あぁ、好きだ。好きだすきだ好きだ。
腕を伸ばして、抱き締めたい。その首筋に顔を埋めて思い切り匂いを嗅ぎたい。その視線を独り占めしたい。抱き締めてそのまま、離したくない。
なぁこっち向いて。俺だけ見てて。
心も身体も全部欲しい。
ねぇ、独占欲ってこういうことだろ。
お前は誰にこんな感情を抱くの。
お前は誰の笑顔のためにあるかも分からない「正解」を探すの。お前の視線の先には、誰がいるの。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、手を伸ばすことを躊躇うのは俺が臆病過ぎるから?
彼女の言う通りに手を伸ばせば、少しはお前に触れられる?
触れることを、赦してくれる?
いくら閉じ込めようとしたって、お前のせいで何度でも溢れ出しそうになるこれは一体何なんだ?
あぁ、好きってどういうことなんだろう。
「好きだ」という言葉が俺の中を支配してくるけれど、抱き締めたいとか一緒に居たいとか離したくないとか俺が「したい」ことばっかりで、これが本当に「好き」ってことなのかが分からない。俺の独り善がりなのかも知れない。
「望ぃー!置いてくぞー?」
「ちょっと待って」
少し離れたところで彼が叫んだ。変なの。
他でもない彼がその口で俺の名前を呼ぶ度に、それが俺の輪郭をなぞって、俺の存在がここにあることを実感出来る。
まるで魔法みたいだ。
俺も魔法使いになれたらいいのに。
お前が俺にくれるものを、俺もお前にやれたらいいのに。
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