「俺さぁ、もっと正解っていっぱいあっていいと思うんだよね」
びっしりと埋め尽くしたのに、無情にもピンとバツマークがつけられてしまった解答欄を睨み付けながら彼が言った。
今日はこいつの補習に付き合って、教室には二人きり。俺と叶太朗の、二人きり。
少しだけ開けた窓から入ってきたそよ風が薄いカーテンを揺らし、向かいに座った彼の後ろで踊るように舞い上がってはまた窓に吸い込まれていく。
一枚の紙に夢中な彼の周りがきらきらして見えるのは、カーテンと一緒にふわりと舞い上がった埃のせい…だろうか。
それより何だ突然。
叶太朗が訳分かんない事を言い出すのは別に珍しい事ではないけれど、今日はまた一段と不機嫌そうだ。
「何だよ急に」
「だっておかしいじゃん。こっちはこんな一生懸命考えてんのに」
「そりゃそうかもしんないけど、不正解ならしょうがねぇじゃん」
はあーっとわざとらしく溜め息を吐いた彼がじろりと俺を睨んだ。
「これだから学年首席の優等生は…みんな違ってみんな良いって名言を知らないのか?」
「知ってるけどテストには関係なくね?」
「ばっか!テストでも何でも皆答え方それぞれだろ!ていうか実際そんなもんじゃん?でも学校ではまるで一個しかないみたいに教えられんの。その方が都合がいいのは分かるんだけどさぁ」
「まぁ分からなくもないけど…でもそしたら採点が大変だろ」
「じゃあもう採点ってーのをやめよう!」
「…は?」
また馬鹿が馬鹿な提案をしだしたな…。そんなんじゃ学校が成り立たないんじゃないだろうか。そう冷静に批判しながらもまぁ大人しく聞いてみようと思う。昔っから火が付いたこいつは誰にも止められないのだ。
「採点とかやめてさ、皆でそれぞれいっぱい正解考えんの。そんで、見せ合うの」
「見せ合ってどうなるの」
「そんな正解もあったかー!って驚き合うんだよ!楽しそうじゃねっ!?」
なるほど…確かに楽しそうではあるが。
というか、小学生みたいな発想だな。
「で?一個しか正解が許されない場合どうすんだよ」
「探すんだよ。みーんなが良いなって思える答えを」
「そんなもんあるわけねぇだろ」
「あるかもしんないじゃん。ほら、お前もあるだろ?買おうと思ってた漫画が中々無くて本屋はしごしたりさ」
「何の話…いやなくもないけどさ」
「あんな感じで、見つかるまで探せばいいんだよ。以外と近くにあるかもじゃん?」
「…それでも見つからなかったらどうすんの」
「んー…ア○ゾンで注文する」
「漫画じゃねぇよ。正解の方」
「んー、分からん。それはそん時考える。んで、多分また探す」
「…そういうの、無責任っていうんじゃないか」
「じゃあ出来ることやらずにぼけーっとしてる方が責任感あると言えるんですかー?」
「屁理屈かよ腹立つな」
「…じゃあ聞くけど、お前はいいの?たった一つしか正解が許されない世界で、思いっ切り笑えんの」
「そりゃ、場合によるけど…」
「俺はやだよ。笑ってくれなきゃ、やだもん」
「………」
「誰が」、とは問えなかった。今一体、誰の笑顔を思い浮かべたの。その心に、誰が住んでるの。
そんな俺の薄汚い嫉妬なんて知らずに、彼は無邪気に続ける。
「笑ってくれるためならいくらでも探すよ。何年何十年かかっても、絶対」
へへへっと可愛らしい八重歯を見せて笑う彼は幼げな風貌とは裏腹にとても頼もしく見えた。
何でそんなに自信満々なんだと呆れるけれど、そんな答えがあるかどうかはきっと彼にとって問題じゃないのかもしれない。
何が何でも「見つける」つもりなのだろう。
あぁ、本当にやりかねないな、こいつなら。
「…やっぱりばかだよ、お前」
「ふっ、ふふ。そうかもな。でもそれならそれでいいよ。ばかでいい」
「開き直るのかよ」
でもお前のそういう子供みたいに純粋なところが、時にギラギラとした真夏の日差しみたいな瞳が俺には眩しくて堪らない。
眩しくて、すごく綺麗で。
たまにとても遠くに感じる。
…欲しい。
欲しくて欲しくて、どうしようもない。
そうして俺は、愚かにもまた届くはずのない太陽に手を伸ばしてしまうんだ。
緩やかに目を細めていると、さっきまではきはき喋っていた叶太朗が急にふいと目を逸らしてぼそりと呟いた。
「あのさぁ望…」
「んー?なに」
「…くすぐったい」
「え、何が?俺別にどこも触ってないけど?」
「いや、やっぱいい…」
首を傾げると、またふいと顔を逸らされてしまった。「くすぐったい」って、カーテンでも当たったのかな。
やっぱりこいつは時々訳の分からないことを言う。
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