「はよーっす…」
「おはよー!」
俺より早く起きてるのに何でこんなに元気なんだろ。勢い良く教室に入っていく幼馴染みの背中を見ながら毎回感心する。
「おーはよっ!のぞみちゃんきょーちゃん!」
教室に入ると、また朝からうざいテンションの奴にガシッと肩を組まれた。俺の方が背が高いからちょっと背伸びしないと無理があると思うが。
「林、ちゃん付けやめろ。…おはよ」
「文句言いながらもちゃんと挨拶返すところが愛しいなぁのぞみちゃんは。おはよ!」
「望ってば何か今朝から機嫌悪いんだよねー。林何とかしてよ」
「きょうちゃんが無理なら誰にだって無理だよー。のぞみんもそう睨むなって!飴ちゃんあげる」
みんって…もう突っ込むの止めた。
貰った飴ちゃんは俺の好きな牛乳のやつ。昼に食おう。
「さんきゅ」
ボソッと俺が礼を述べると、それまでざわついていた教室が何だか静かになった。雑談していたはずの女子も何故だか口元を押さえてこちらを見ている。何だ?何か変なこと言ったか?
状況が掴めず俺がきょとんとしていると、林がガバッと抱きついてきた。
「うわっ!ちょ、何?」
「いやーもう!愛しいなぁーと思ってさ?さっすが我が校のアイドルだよのぞみん!」
何言ってんだこいつ。
叶太朗に助けてくれと目線で訴えるが、あれ…何だか表情が暗い。一瞬先程の元気が無くなっているように見えた。
と思ったら、俺の視線に気づいたらしい彼はすぐにいつもの悪戯っぽい笑顔を取り戻し「やっぱ写真売りさばこうかな」なんて物騒なことを呟いている。
…気のせいだったか。
いや、たまに破天荒な明るさに騙されそうになるが、普段から弱音は吐かない彼のことだ。また何か抱え込んでいるのかもしれない。
彼のことならば、どんな些細なことでも気になって仕方がない。俺に出来ることは何だってするし、出来ないことだってやってやりたい。
そう思うのに、実際は何も出来ない自分がどうしようもなくもどかしかった。
昼休み。
弁当箱は片付け、教室の端でいつものメンバーでぐだぐだする。彼だけは職員室に呼ばれていなかったけれど。
もごもごする俺の口には朝貰った牛乳味の飴ちゃん。…美味い。
男子高校生の中身のない会話を聞くともなく聞きながら、俺は今朝の彼の表情を思い出していた。あれ以降全くおかしいところは見当たらずいつも通りのように見えたが、あの暗い顔はやっぱり気のせいじゃないと俺の勘が告げている。俺に何とか出来たらいいのにな…なんて傲慢かな。
「お前どの子がタイプ??」
「…え」
ぼーっとしていると、クラスメートの一人が何やら雑誌を取り出してうきうきと話し始めた。
…また始まったか。飽きないなぁ本当。
ほとんど小さくなった飴ちゃんを舌で転がしながらぼんやりと年頃の高校生たちの会話を聞く、同じく年頃の俺。だけど目の前で幾度となく繰り広げられるその光景は、俺にとってはよく分からないことばかりだった。
ばさっと机の上に広げられた雑誌のページには女ばかり、俺に言い寄ってくるのも女、無理に連れてかれた合コンでも男対女。
どうやらこの世に性別は二種類しかなくて、男は女を、女は男を好きになる。…らしい。
それが普通。当たり前。世間の常識。
一体誰が決めたんだろう。六法全書を読んだことはないが、そんな事が記されていたりするんだろうか。きっとどこぞの誰かの都合の良い様に決められたそれがいつしか社会の風潮になって、当たり前になって、常識になったんだろうか。
心底馬鹿げてると思うのに、実際俺もその檻の中から抜け出せないでいた。皆もそうなのかな。それともこの「当たり前」は、他の奴らにとってはそよ風のように些細なもので気づきすらしないのかな。
今は席を外している彼の机をちらりと見る。
じゃあ、この気持ちは…?
気の迷いか、心の不具合か、おかしいこと、なのか。
「当たり前」に当てはまらない俺は一体何なんだろう。
俺は、どっちだって構わないのに。
「彼」が「彼女」であっても、「俺」が「私」であってもきっと今と同じ感情を抱いていた。彼が、たまたま「彼」だっただけ。俺も、そうだっただけ。
そして男でも女でも、彼じゃないなら俺にとっては皆同じだ。どうして、正解はひとつしか用意されていないのだろう。
どうして、ひとつしか用意されていないみたいに思ってしまうんだろう。
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