「はよーっす…」
「おはよー!」
「おっはよー!二人ともー!!…お?んんんー?」
翌日いつもの様に教室に着くと、何かを探るようにじいっと林が俺達を凝視してきた。顎に手を当てて眉根を寄せるその仕草はまるで探偵のようだ。
「えと、なに」
「何かついてる…?」
「うーん…まぁ上手くいったみたいで何よりですけど。ちょーっと分かりやす過ぎかなぁ?お前ら」
「え、ウソ」
「林こわい」
そんなに分かりやすかったか…?ってかまだ何も言ってないのに、何でこいつには色々見透かされてるんだろう。
昼休み。
話を聞いてみると、やっぱり林には俺の気持ちは勿論、叶太朗のこともお見通しだったことが分かった。本人曰く「いや分かるだろ普通」とのことだが…ホント食えないなぁこいつ。
「ていうか…じゃあさ、昨日のあのうざ絡みはわざとっだったのか?いや、うざいのはいつもだけど、いつも以上にうざかったっていうか」
「いやいや、酷くない?のぞみんオレの扱い雑じゃない?きょうちゃんからも何か言ってやってよ!」
「俺もアレはちょっとわざとらしいと思った」
「え、えぇー!ひどっ!…まぁでも、それで嫉妬しちゃったのは一体どこの誰かなぁー?」
「なっ、………うるっさいなぁ」
やっぱりにやにやと俺達をからかうこいつは本当に良い奴なのかそれともただ楽しんでいるだけなのか、たまに分からなくなる。
だけどこいつが、俺の背中を精神的にも物理的にも押してくれたことは確かだ。…あれ結構痛かったけど。
まぁそのおかげで、今こうして居られることも。
「やきもち焼くきょうちゃんも可愛かったよ」
「くっそ…林ってやっぱり意地悪だ」
「まぁそう怒るなよ叶太朗」
「怒ってないもん」
わしゃわしゃと宥めるように叶太朗の頭を撫でていると、また林が首を突っ込んできた。
「…君たち、そういうとこだぞ。特にのぞみん」
「?」
「俺も同感。何かこいつキャラ変わっちゃった」
「変えたのはきょうちゃんだろ」
「え、俺のせいなの?」
「俺何か変わった?変?」
きょとんとして聞いてみると、二人とも首を捻って「うーん…」と考えて込んでしまった。俺ってそんなにおかしくなっちゃったのかな…。林はともかく、叶太朗にまでそんな反応をされると急に不安になる。
「変っていうか…うん、オレはのぞみんはそのままでいいと思うよ」
「何か…答えになってない」
「そっか?あっはは」
いまいち腑に落ちない返答だけど、これ以上追及しても意味無さそうだからまぁ、いいか。というか何でまたちょっと赤面してるんだ、叶太朗。
…まぁそれはそうと、林に直接聞いてみたいことがある。
「あの、林はさ…何でそこまでしてくれんの。その、昨日のこととかさ」
「え、気分」
「は?」
「気分て」
俺と叶太朗の驚きも気にせずに、林は楽しそうに続けた。けれど纏う雰囲気にはまた、あの少し凛とした空気が混じっていて。
今から紡がれる言葉が、大切なもののように思えてしまってまた、ついつい耳を傾けてしまうのだ。
「オレはさ、のぞみんの選択もきょうちゃんの選択も、間違ってないと思ったよ。皆お互いの幸せを願うからこそ、色んな正解が出るんだろうしな。自分の気持ちを伝えてすっきりするのは自分だけかもって思うのも分かるし、逆に相手は伝えて欲しいかも知れないじゃんね。だけどさ、」
そんなに深く考えてくれてたのか、こいつは。普段飄々としていてふざけてばかりいるかと思っていたのに…。こんなにも俺や叶太朗のことを真剣に想ってくれていたんだと思うと、心なしか胸がほわほわと温かくなる。
「オレは結局人の考えなんて分かんないから、オレのしたいようにしただけ。まぁ平たく言うと、オレがすっきりしたいからじれったいお前らをさっさとくっつけてやりたかっただけだよー」
「まぁじれったい期間も面白かったけど」なんて、林はまた意地悪そうに笑う。
自分がしたかったからそうしただけ、なんて。まるで自分が勝手にやったみたいな言い方だが、その裏にはやっぱりこいつなりの優しさが溢れている気がした。
だけど何か…。
「何かお前が良い奴だと、気持ち悪い」
「うん。これは望に同感。お前が良い奴過ぎると何か、なぁ?」
「ちょっ!ほぼオレのおかげなのに二人揃って酷くない!?泣くよっ?泣いちゃうよっ!?」
「ははっ、嘘だよ。…さんきゅな」
「どいたま。まぁどっちかが嫌んなったらオレんとこおいでよ。オレはきょうちゃんでものぞみんでも大歓迎だよ?まぁどっちがネコかタチかはその時決めよっか」
「「お断りします」」
「ひっでぇ幼馴染み。ははっ」
ふはっと声を上げて笑う林はやっぱり今日も楽しそうだ。それを見ている叶太朗も楽しそうで、俺も何だか楽しくなる。
…やっぱりいいな、こういうの。
んー、っていうか…。分からないことがひとつ。
「なぁ反射的に断ったけどさ、ネコ?とかタチ?って何だ?」
「「え」」
今度は叶太朗と林が声を合わせて俺を見た。「嘘だろ」と言われなくても顔に書いてあるのが分かる。何なの、俺そんなに変なこと聞いたか?
「え、マジかのぞみん…お前一応、男子高校生だろ?そんなこと知らないでずっときょうちゃんに片想いしてたなんて…ピュア過ぎる…。っし!しゃあねえなぁ、いいか?ネコとタチってのはぁ、」
「わあぁぁぁ!いいっ!いいからマジで!頼むから余計なこと望に教えないでっ!!」
慌てて林の口を両手で塞ぎ、叶太朗が叫んだ。その光景に心の狭い俺は少し嫉妬しながらも、ここまで教えたくないことって何だろうと逆に好奇心を擽られてしまう。
「そんなに俺に知られたくないこと?っていうか、叶太朗は知ってんの?」
「え、あ、えと…え?そりゃあ………まぁ…」
いつも煩いくらい明るく喋る叶太朗が、今は珍しくもごもごと言葉を詰まらせている。段々俯く顔は漫画なら煙が出そうなくらい赤く染まっていき、目線はおろおろと行き場を失ったかの様に宙を彷徨っていた。
手が離されて口が自由になった林はというとその光景を見てにやにやといつも通りの意地悪い笑みを浮かべたままだ。と思ったら突然、凄い名案でも思いついた!と言わんばかりに大袈裟にポンッと両手を叩いた。
「そっかそっか!きょうちゃんに教えてもらえよ!実践で!なっ?やっぱオレってば天才!」
「やっぱ叶太朗は知ってんだな。なぁ、教えてよ」
「………ああぁぁぁもう!!林ふざけんなよっ!?」
また顔を真っ赤にした叶太朗は笑いながら逃げる林を追いかけている。この調子じゃあ教えてもらえそうにないな。まぁ現代っ子らしく、後でグー○ル先生にでも聞いてみるか。
あいつの反応を見る限り大っぴらに言える様な内容じゃないみたいだし、今度部屋で二人きりの時に、叶太朗にも聞いてみよう。
まだわあわあと騒いでいる二人を見て、ふふっと自然に笑みが溢れた。
俺の選んだ道が正しいかどうかなんてまだ分からないけれど、今はこれでいいと思える。俺一人だったらきっと辿り着けなかった答えに導いてくれた人達が居るから、今こうして居られる。
あいつの本心が聞けて、あいつの心からの笑顔やそれ以外の表情も一番近くで見ていられる。俺も、笑っていられる。
これからもそうあるためには、きっとまた沢山の選択の中から一つだけを選んでいかなきゃいけないんだろう。
きっと何度も何度も、選ばなきゃいけない時が来るのだろう。
だけどきっと大丈夫だ。彼が言ってくれたように、俺も探し続ける覚悟が出来たから。
誰かが作った物差しの中で、見えはしない制約の中でもがく俺達は時に無様に見えるかも知れない。俺達は皆違う長さの目盛りで世界を見ているから、そもそも違っていて当たり前なのに。
それでも誰のせいでもないことで己の無力さを責めては自分を疑ってしまったりするけれど、そんな時に思い出せればいいな。
色んな人が俺にくれた言葉を。
「問い」をはっきりさせれば「答え」も自ずと見えてくるんだってことを。
欲しい答えがそこに無いのなら、別に並べられたものの中から選ばなくたっていいんだ。
与えられた選択肢の中に欲しい答えが無いのなら、自分達で作り出せばいいんだ。
一人ではとても怖いし思いも付かなかったことだけど、お前と居れば俺にだって出来る気がするよ。
ふと、俺の方を向いた叶太朗と目が合った。まだ少し頬は赤いままだけど、可愛らしい八重歯を覗かせて嬉しそうに目を細めている。
つられて俺も、ふっと微笑んだ。
お前と、俺と。
欲を言うならば、その周りの人も。皆が笑える「正解」を、これからも二人で探していこう。
カチリ、コチリ。
触れ合ったガラスの花が砕けて、きらきらと眩しい破片を宙に散らしていく。
眩いその輝きがどうか、どうか俺達にとって祝福の光でありますように。
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