mitei Colors 4 | ナノ


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あの日。立花は初めて北村という人物と正面から顔を合わせて話した。

廊下を歩いていると、背後から気配も無く現れた彼に呼び止められたのだ。

「おやおやこれはこれは!人気者の北村くんじゃん?俺も一回会ってみたかったんだよねぇ。まさか君の方から呼びかけてくれるなんて」

「立花先輩。貴方は頭が良いから解るでしょう」

辺りに人は居ない。こいつは、俺が一人になる瞬間を見計らっていたのだろうかと立花は思った。

実際に対面した彼は噂で聞いていたのとは全く違い、冷たく固い廊下と同じ態度で立花に話し掛けてきた。驚きはしない。彼の言う通り、用件は何となく立花には解っていたから。

「やだ怖ぁい!俺にはいつもみたいなきらきらの笑顔向けてくれないんだ?ちょっと寂しいや。…ま、初対面だけどさ」

「…無駄話は良いです。証拠は有ります。二度とあんなことしないと約束して下さい」

「これはとぼけても無駄なんだろうねぇ。無言電話のことでしょう?というか、いくら幼馴染みとはいえ他人の携帯勝手に見るってどうなの?見かけによらず束縛系?」

「噂通りよく喋りますね。あんなことする人に言われる筋合いはないです。そんな事より、」

「あぁ分かってる。悪かったと思ってるよ。ただちょっと…俺にも頼ってくんないかなって思って欲が出ちゃっただけ。もうしないよ?俺だって今回はやり過ぎたって反省してるんだから」

「全くそうは見えないんですが」

「してるよ…。本当に。俺別に好きな子の悲しむ姿とか悩んでる姿に萌える性癖無いもん。それが今回で良く分かったよ」

「ならもう二度と紺に近付かないでください」

「無理だよ。委員会同じだし。それとも…俺のことも脅してみる?あのサッカー部の馬鹿みたいに。まぁ俺は他に何も悪いことしてないけどねぇ」

立花はクスッと肩を竦めておどけてみせる。それにも無反応で北村は淡々と続けた。まるで機械を相手に話してるみたいだと、立花は何だか面白くない気分になる。

「脅しません。ああいうのは貴方には通用しないでしょうから。とにかく、委員会以外では絶対に近寄らないでください」

「やだ。そもそも、ただの幼馴染みにそんな権限あるの?」

「貴方には関係無いでしょう。少なくとも、あいつに少しでも危害を加える奴は赦さない」

「ひゃあ!ちーちゃん専用ポリスメンこっわ。…それで?自分だけが傍に居れば良いって?」

「そんなことは言ってませんが」

「でも、思ってるんだろう?」

「…思ってませんよ」

「あの子のこと、大事なんだろう」

「当たり前でしょう。…紺は家族みたいなものですから」

「嘘だね。本当は違う目で見てる癖に。大体、あれだけ一緒に居るんだからチャンスなんていくらでもあるだろ」

「何を仰ってるのか良く分かりませんね」

「自分のものにするチャンス、だよ。君にもあるでしょ?色んな欲求。触りたいとか、キスしたいとか、あわよくばセッ、」

「あわよくば、近づく奴らは全員…なんてね」

立花の言葉に被せるように北村が言う。
ひやりと、場の空気が凍りついた。

無表情だった北村は「冗談ですよ」なんて口角を少しだけ上げてみせたが、目付きは一層鋭くなっていた。鋭利な刃物のように尖ったその眼差しに一瞬立花の本能が危険信号を発した気がしたが、それでもふうっと溜め息を吐いて言葉を紡ぐ。

「やっぱ思ってるんじゃん」

「だから冗談ですって。先輩の冗談に乗っかっただけです」

一体どこが冗談なんだか。こいつなら躊躇無くやりかねないと立花の直感が告げる。
こいつは一見穏やかそうに見えるが目的の為ならば手段など選ばないタイプだ。きっと、自分自身のことも厭わないのだろう。敵に回すには恐らく最も厄介で、最悪なタイプ。

「無駄だと思うよ。ちーちゃんは根が素直で優しいから、俺を遠ざけてもきっとまた違う誰かが近づく」

「俺が言ってるのはそういうことじゃないです。貴方はあいつを怖がらせた。だからもう、近寄るなと言ってるんです」

「確かに悪戯電話に乗っかったのは悪かったと思ってるけどさ…」

この男はただの幼馴染みにどうしてそうも拘るのだろう。やっぱりそれ程の魅力が、彼にあるのだろうか。そう思うと益々興味が湧いてきてしまう。

それにしても、まるでセキュリティシステムに発見されたウイルスの気分だ。この完璧なシステムにバグだと認定された俺は、きっと容赦無くデリートされるんだろうと立花は心の中で嘲笑った。

「それじゃあ」

もう話すことは無いからと去り行く背中に一言、ポツリと零す。

「ちーちゃんの瞳、」

足音がピタリと止まった。言葉の続きを待つかのように彼はその場から動かない。

「君にだけ真っ直ぐ向いてるの。ずるいよね。幼馴染みだからかな?それが俺には、羨ましい」

「…そうですか」

立花が溢した本音に、それだけ返すと北村はさっさと歩いて行ってしまった。

現実は中々上手くいかない。
容姿や頭脳や運動能力が多少優れていたところで他人に羨まれることはあるかもしれないが、だからといって何もかも欲しいものが手に入る訳じゃない。

夢中になれるものが、ずっと欲しかった。
夢中になれそうなものが、やっと見つかった。
だけど…。

「はぁ…。折角見つけたと思ったのになぁ。あんな面倒臭いのがついてるなんて」

だからと言って諦めるという選択肢は立花には無いのだけれど。

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