多くの色が交差する中で、自分だけの色を持ち続けるのは難しい。色というのは多く混ざれば混ざる程、濁ってくすんで、やがて黒に近付いていく。
そう、思っていた。
「うっ、…う…」
『ははっ!また泣いてるよこいつ』
「…や、…ろ」
『ほんと変な奴だよなぁ?キモいんだよ』
「…やめ、ろ…」
『俺の母さんも言ってたぞ?お前みたいな変なのには近寄るなって』
「…う、るさい…」
『見ろよこいつの顔!こんなおかしい奴見たこと無ぇや』
「も、やめ…」
『うわぁ変なの!近寄らないでよね』
「ぼ、くが…何した、…なん、で…」
濃い霧に覆われて何も見えない。辺りは薄暗く、揶揄するような、嘲笑うような得体の知れない声だけが鈍く木霊している。やがて足元がどろどろと溶け始め、ぬかるんだそこから動けなくなる。耳を塞ぎたいのにそれどころじゃなくて、刃のように突き刺さる言葉を受けながら僕はただそこでもがくしかなかった。
けれどもがけばもがくほど身体は深く沈んでいくだけで、どんどん身動きが取れなくなっていく。
あぁ、もういっそこのまま沈んでしまおうか。そうしたら、この言葉の槍からも逃げられるだろうか。諦めて身体の力を抜いた、その時。一瞬だけ、目の前に煌めくものが見えた気がした。
『…だよ』
それは、鋭い言葉の雨を遮る傘のように僕の頭上を照らした。凛とした声が暗い霧を晴らすように灰色の世界に響き渡る。気が付けばいつの間にか泥濘は草原に変わっていて、心ない言葉の雨もぴたりと止んでいた。晴れ渡る空に顔を上げると、白く柔らかそうな手が泣きじゃくる小さな僕にそっと差し伸べられていて。
『…きれいだよ』
その手を掴もうとして、空を切る。つい今しがたまで明るい日差しの中に居た筈なのに、いつの間にやら薄暗い部屋の中に瞬間移動してしまったようだ。いや、違う…。
伸ばしていた手をゆっくりと下ろして、はあっと溜め息を吐いた。
「………夢か…」
また、昔の夢。
たまに思い出される、あの視線、嘲笑う声、そして容赦無く突き刺さる言葉たち。
だけどその中にひとつだけ灯る小さな明かりが、いつも静かに僕の傍にあった。
時刻はまだ、午前四時。
日の出まであとどれくらいだろう。
僕の世界は未だに、闇の中で朝を待っている。
「…ひいろ」
自分でもやっと聞き取れる程の微かな声が、無意識に紡ぎ出した弱々しい音が、じわりと冷たい空気に吸い込まれていった。
…緋色。あったかい色。
どんな色と交差しても濁ること無く温かく光り続けるその色を、きっとまだ隣の部屋で眠っているのだろう彼の名を、呼んだ。
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