mitei 勝負しよう | ナノ


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藤倉の家に来たのは何回目だったかな。何回来てもこいつの部屋は無駄に広いし、物が少なく殺風景だ。そのだだっ広い部屋の端っこで繰り広げられる、何の生産性も無い攻防戦はもう既に数十分にも及んでいた。

「いくら逃げたって無駄だよ?観念しなよ澤くん」

「いやいやまずは落ち着こう。落ち着いて話し合おう?話し合えば分かる」

前方には不適な笑みを浮かべてにじり寄ってくる変態、背後には迫りつつある白い壁。俺は背中に嫌な汗をかきつつ、それでも拒否の意を示すために両手を翳して後退りする。

「だから無駄だって。ほら…いい加減諦めなよ」

「お前が諦めろよ…。俺は絶っっっ対嫌だからな!」

「無理だよ。だってもう決まったことじゃん?ほら、こーんなに可愛いのに。このふわもこうさ耳パーカー」

「だから何でそんなもん持ってんだよ!?」

勝負に勝った藤倉が持ちかけた俺への命令。それはこのふわふわもこもこのうさ耳パーカーを着て写真を撮らせることだった。
って、こいつマジで変態じゃねぇか!!誰が得するんだ。何でそんなことを要求してくるのか、こいつの考えてることがもう本当にさっぱり分からない…。

「何でそんな嫌がるの?絶対ぜーったい似合うのに」

「逆に何でそんな着せたがるの?!絶対ぜっっったい似合ってたまるかっ!」















「あぁー…。もう無理尊いめっっっ………ちゃ可愛い…」

「………」

あぁ分かってた。分かってたよこうなることは…。分かってたのに何でこいつの家にのこのこ付いてきたんだろう俺は。

もうすっかり抵抗する気力も無くした俺は、遂にブレザーを脱いで奴の持っていたパーカーを着て、無駄に広いベッドの上で項垂れていた。写真は一枚で済むのかと思いきや、かれこれ十分以上は撮影されている気がする。
パーカーの着心地が無駄に良いのも何だか腹が立つが、昼間以上にきらきらな笑顔の変態も解せないし何かむかつく。しかしもう突っ込む気力さえも起きない。

パーカーを手に一向に諦める様子を見せない変態を前に生産性の無い攻防を続けるよりも、俺が折れて少し我慢すればすぐ終わるんじゃないか、なんて考えたのが甘かった。

何だこの絵面…。マジで意味が分からない。分からなさ過ぎて、俺はもはや思考を放棄した。何やらぶつぶつと呟きながらスマホやら一眼レフやらのレンズを向け続けてくる変態を無視して、俺は柔らかいベッドに寝転んで身を預けた。
あー、やっぱり寝心地良いなぁこのベッド…。不本意だけどパーカーは着心地良いし、ベッドの匂いも落ち着くし、このまま普通に寝そう。

…藤倉の匂い、だよな。香水とかじゃない、恐らく彼自身の匂い。柔軟剤とかシャンプーの匂いなのかも知れない。
その辺はよく分からないけど…良い匂いだな、と素直に思う。

格好良くて喧嘩強くて勉強も運動も出来て、しかも何か良い匂いで…。
そんな奴が、今は何がそんなに楽しいのか俺みたいなのとずっと一緒に居て、訳の分からない服なんか着せて嬉しそうに写真を撮りまくっている。こいつ、天から二物どころかいくつも与えられてんのに中身は何でこんなに残念なんだろうか。寧ろ与えられ過ぎちゃったからこそ、中身はこんな残念な変態野郎にされてしまったのだろうか…。

そんなことを考えながらふうっと仰向けになっていると、突然天井の灯りが遮られて視界が暗く陰った。大きめのベッドがぎしりと俺の周りで少し沈んで、白いシーツが擦れる音がする。

あぁ、この光景もデジャヴどころか、もう何度目だろう。

「…あのさぁ、」

寝転ぶ俺に覆い被さってきた藤倉はさっきまでとは打って変わって、少し不機嫌そうに眉根を寄せていた。ヘラヘラしてたと思ったら急に無表情になったり不機嫌になったり…。何なんだこいつは、情緒不安定か。藤倉の下で大の字に寝転んだまま、俺はじろりと不機嫌なその顔を睨み付ける。そんな俺の視線にも構わず、藤倉は続けた。

「澤くんの辞書に『警戒心』っていう言葉は無い訳?」

「何でいきなり怒ってんのさ?ってか、撮影はもう終わったのかよ」

「…それどころじゃなくなった」

はぁーっと長い溜め息を漏らした藤倉は、そのまま突っ張っていた腕の力を抜いて身体ごと俺に覆い被さってきた。

「ちょ、重っ…」

頬に柔らかな猫っ毛が当たる。擽ったくて身を捩ると、藤倉が少しだけ顔を上げて俺の耳元に唇を寄せ、いつもよりずっと低い声で囁いた。

「ねぇ、さわくん…」

「ん、な、なに」

普段聞くのとは全く違うその声音はやけに身体の奥まで響いて、何だかむずむずする。

「頼むから、おれの前以外でそんな無防備なことしないでね…」

「………は?」

「駄目だよ、絶対。ほら、…お腹見えてる」

「えっ、うひゃっ?!」

シャツの隙間から不意にするりと差し込まれた冷たい手に吃驚して、俺は余りにも情けない声を上げてしまった。恥ずかしさのあまり顔に一気に熱が集まるのを感じる。

「もしかして、気づいてなかった?…ふふ、本当に質が悪いなぁ」

「ちょ、やめ、くすぐったい…てっ!」

これ、前にも似たようなことがあったような。こいつ本当ボディタッチ好き過ぎじゃないか?それにしても触り方が、何というか…。

「こんな姿、絶対他の奴に見せちゃだめだからね」

「ちょ、…んっ」

言いながらも藤倉は俺を撫でる手を止めない。俺の熱が移ったのか、少し熱を持ちだした手はするすると上に移動していき、遂には今まで誰にも触られたことのない場所に到達した。

藤倉は掌全体で小さな存在を確認するように、そこを何度も行ったり来たりして撫で擦ってくる。その間も俺は言葉にならない声を漏らしながらその擽ったさに耐えていた。すると藤倉はやがて親指で俺の平らな胸にある小さな突起をくりくりと弄び始めやがった。
これには流石に驚いて、俺はぐいと奴の両肩を掴んで身体を引き離そうとした。が、ピクリともしない。

「ふじく、らぁ、やめ…ろ!くすぐった、いぃ…!」

「…ほんとに?くすぐったいだけ?」

「ったりまえだろ?!えっ、」

顔を上げた藤倉の眼光が真っ直ぐに俺を射抜く。その表情にどきっとしたのもつかの間、奴は俺の背中に腕を回し込んで上体を上げさせ、何故か着ていたパーカーを肘の辺りまで半分だけ脱がせてきた。

それからふわりと藤倉の香りが濃くなって、猫っ毛がまた頬に当たる。俺を抱き締めるようにして、藤倉は俺の背中で何かごそごそと手を動かしているようだった。

身体が離されて、もう一度ベッドにとすんと押し倒される。俺がこいつに何をされたのか理解したのはその数秒後のことだ。

「わっ、おまっ、何しやがった…っ?!」

何とこいつは余った袖を後ろ手に結んで俺の両手を拘束しやがったのだ。柔らかいベッドの上で何度か無駄な抵抗を試みるが、一体どんな結ばれ方をしているのか一向に外せない。あのふわもこメルヘンなパーカーのどこにこんな拘束力があったんだ…。

「大丈夫?痛くない?」

「痛くは、ねぇけど…そういう問題じゃ、んぁっ」

ただ両手の自由が奪われただけで、決して痛くはない。痛くはないが、この状況で問題なのはそこじゃない。

両手を後ろで拘束されてベッドに押し倒され、それでもじたばたと無駄な抵抗を続ける俺に藤倉が再び覆い被さってきた。余りにもナチュラルに足の間に身体を滑り込ませてくるもんだから、これまでよりもずっと互いの身体が密着してしまう。
いつの間にかワイシャツのボタンも全て外されていて、俺の上半身は露になっていた。…何て早業だ、なんて感心する暇も無く再びするりと綺麗な手が伸びてくる。脇腹から臍、そして胸へと、またゆっくりと俺の肌を撫でながら、薄い唇が開いた。

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