mitei 「嫌い」 | ナノ


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俺が加野くんのことを知りたいと言ってから、段々と彼と過ごす時間が増えていった。最初はもっと気まずくなるだろうと思っていた二人だけの時間も全くそんなことは無くて、俺の聞いたことには基本的に素直に答えてくれるし(相変わらず俺のことは「嫌い」の一点張りだが)、向こうからも会話を繋げてくれるから変に気まずい空気になる事は無い。

その内何も話さない時間だってただ落ち着く時間になって、俺は彼の前でも自然体で居られる様になってきた。気がする。

加野くんと居る時間が思っていたよりも楽しくて、何だか普通に友達になれているんじゃないかという錯覚すら覚えてきた。だって言葉以外は、全く俺に対する嫌悪感が感じられない。不機嫌な顔になることはあっても拒絶されたことはないし何なら彼の方から擦り寄ってくることの方が多い。
まるで猫みたいだ。

もうあれこれ考えるのは止めて、このままでいようか。実際加野くんと居るのは楽しいし、彼だって本当に嫌なら一緒には居てくれない筈だし。彼も俺と居て楽しいのかは分かんないけど…。
今度聞いてみようかな。「俺と居て楽しい?」って。その質問には、ちゃんと答えてくれるかな。

そうだよ。…加野くんとはもう普通に友達ってことで良いんじゃないだろうか。

そんなことを考えながらぼんやり廊下を歩いていると、曲がり角の向こうから少し高い声が聞こえてきた。その声の主を思い起こして、俺の足がピタッと止まる。

「す、好きですっ!私と付き合ってくださいっ!!」

ちらりと、廊下の壁から覗いてみた。
え、あれは…?我が校のアイドル花本さん?!嘘だろ、俺もちょっと…いや結構マジで狙ってたのに…。好きな人、居たんだ。誰だ?一体誰なんだそんな幸福な野郎は。直ぐに顔を引っ込めたから告白されたのが誰かは分からなかった。

覗き見は良くないし盗み聞きも良くない。そうは解っていても俺は、その場から動けなかった。

そしてやがて聞こえてきたのは、耳に覚えのある落ち着いた低音。けれど俺の知ってるのとはどこか少し違う、全く抑揚の無い、廊下みたいに冷たい声だった。

「悪いけど、アンタじゃ無理」

そのクソ野郎は一言だけそう言い放つと、スタスタと何処かへ歩いて行ってしまったようだ。足音が遠ざかる音と、「え」と唖然とした花本さんのか細い声だけが冷たい廊下に木霊する。

俺が相変わらずその場から動けずにいると、もう一つの足音が近づいて来た。きっと告白を終えた花本さんだ。え、どうしよどうしよ?!なんて俺があわあわしていると、廊下を曲がってきた彼女とぱちりと目が合ってしまった。

あんな風にバッサリ振られて涙目になってるんじゃないかなんて思っていたけど、俺の勝手な予想に反して彼女が悲しんでいる様子はそれ程感じられなかった。それどころかぱっちり二重の大きな瞳をキッときつく尖らせて、そこに居合わせた俺の顔を思いっ切り睨み付けてきたのだ。

いやいや気のせいだろ。きっとあんなことがあって気が立ってるんだ…そうだよ、本当は泣きたいのを堪えてるだけかもしんないし…。

けれどすれ違い様明らかに耳に飛び込んで来た「チッ!」という容赦の無い舌打ちと、「え」と振り返った俺に対する刺々しい視線でその考えは一気に吹き飛ばされてしまった。

おぉ、これはこれは、大層ご立腹でいらっしゃる…。しくしく泣くどころか、あんなにお怒りになる元気があるなら大丈夫か。でも何なの、何でまた俺が睨まれたの?たまたまそこに居合わせたから?告白の盗み聞きしてたから?もしかして、この学校で今流行ってんの?俺を睨みつけると幸運でも訪れんの?

ていうか、今舌打ちした?え、空耳だよね?天使みたいな彼女がそんなことする訳無い…よね?いやでも、実際にちゃんと話したこと無いからなぁ。落としたノート拾ってくれた時ぐらいか。や、でもノート拾ってくれるくらいには優しい人だよ、な…?

「あああぁぁもう!どういうことなんだっ!?」

好きな人に好きな人が居たこと、その告白の現場に居合わせてしまったこと、そして彼女が振られ、何故か俺が思いっ切り睨まれて舌打ちされたこと。…そして何より、花本さんを振った相手があの加野くんだったこと。

情報過多で、俺の感情はどうしたらいいのか分からない。加野くんのことだけでもいっぱいいっぱいなのに、また新たな情報が増えてしまったのだから。

怒るにしても悲しむにしても、それは一体何に対してだろう。

今失恋したことに対して?それとも加野くんの花本さんへの扱いに対して?或いは、憧れていた花本さんが実は結構怖い人だったことに対して?

それとも…?
何だか、すごくもやもやする。

胸に刺さった棘は無視出来ない。
このもやもやは、一体何に対してなんだろう。

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