次の日から、俺は加野くんに睨まれることが少なくなった。
全く無くなった訳ではない。休み時間中友達とわいわいしているとたまに背中に突き刺さるような視線を感じることはあるが、それでも以前に比べると睨まれることはぐんと少なくなった。
友達には俺が教室を飛び出した後何もなかったかすごく心配されたが、大丈夫だと伝えておいた。それに安堵した友人がまた俺の頭を撫でようとしてくれたけど、一瞬何かにすごく怯えた様な顔をして直ぐに手を引っ込めていた。どうしたのか聞いても教えてくんなかったし…あれは何だったんだ。
それから、徐々に変わったこと。
「おーがたっ!帰るだろ」
「うん。あ、今日は…」
ドサッとわざとらしく音を立てて俺の机に鞄が置かれた。
「先約がある、だろ」
鞄を手に少し不機嫌そうな顔でそう淡々と告げた加野くん。
「え、か、加野…くん?え、嘘?お前ら仲良かったの?」
友人が驚くのも無理はない。何なら俺も今でも驚いてる。だけど俺が彼のことを知りたいと言ったあの日から、加野くんの方から積極的に俺に接してくれるようになったのだ。
彼の方から休み時間中ちょくちょく話し掛けて来てくれたり、こうして一緒に帰ったりすることも増えた。
うん、そんな顔になるのも分かるよ我が友よ。俺もまだ慣れないもん。
「帰るんだろ。早くしろよ」
「あ、うん。ゴメンね、じゃあまた明日!」
「お、おう…。またなー」
颯爽と教室を後にする背中を追って俺も教室を出た。接点が無い筈の俺と加野くんが一緒に居ることに初めは驚いて口々に噂していたクラスメート達ももう慣れ始めたのか、教室のざわめきも段々と小さくなっているようだった。
「なぁ、一体何があったのあの二人」
「や、それは分からんけど。最近やたら一緒に居る時間が増えたのは周知の事実だと思ってた」
「オレは今気付いた」
「だろうな。一緒帰ろーぜ?腹減ったわ」
「おう…」
ここ数日彼と一緒に居て分かったこと。
実は帰り道が同じだったこと。意外と音楽の趣味が合うこと、料理が得意らしいこと、彼には歳の離れた妹が居るらしいこと。俺の前では無表情なことが多いけど、知らない内に車道側を歩いてくれていたりなど優しいところもあること。
それから…やっぱり距離が近いこと。
俺のことを嫌う割には、やはりパーソナルスペースが狭い気がする。他の友達にもこうなのかな。
教室ではしないけど、イヤホンを半分こしてお気に入りの曲を聴きあったりもする。俺の飲んでいたペットボトルを横取りして、躊躇無く全部飲み干されたこともある。
その時はジュースを取られたことなんかよりも、俺が口を付けた物を加野くんも欲しがったことに驚いた。嫌じゃないのかと心配になって凝視していると、「…悪い」と何故か素直に謝られてしまった。そうして別に頼んでもいないのにまた新しくジュースを買ってくれたのだが、お金は頑なに受け取ってくれなかった。
俺がジュースを取られたのを気にしていると思ったんだろうか。律儀なところもあるんだな。
それにしても、こいつ本当に俺のこと嫌いなんだろうか。
だけど何度そのことについて聞いてみても「きらい」の一点張りだから、疑問は相変わらず解消されないままだった。
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