mitei 「嫌い」 | ナノ


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なんてことがあったのが、つい先日のこと。

結局彼は何がしたかったんだろう。ただひたすら俺に「嫌い」攻撃をかましてきたと思ったら少女漫画のヒーローみたいに壁ドンしてきたり後ろから密着してきたり。その癖口から出るのは俺が「嫌い」という分かりきった事実のみ。

全くもって意味が分からない。新手の嫌がらせか…?
そんなことするほど俺が嫌いなのかあいつは?

じゃあ、最後の言葉は?
あの「きらい」だけは、突き刺さる感じなんて微塵も感じなかったし、それどころか…。

「おーがたっ」

「ふぁっ?!」

「ははっ!何だその変な声」

「お前らが驚かすから!」

俺が机で頭を抱え先日のことについてうんうん悩んでいると、突然背中をバシッと叩かれ我に返った。俺を驚かすことに成功した友人らはクスクスと意地悪げな笑みを溢している。このやろう…。こっちは真剣に悩んでんだぞ!

むぅっとした表情で睨み付ける俺を宥めるように「ごめんて」と謝る友達。まぁそこまで怒ってないから許してやろう。吃驚はしたけど。

「それよりお前さ、」

「ん?」

ふと友人の一人が真剣な表情になってこそこそ話をするように顔を近づけてきた。何だろうと俺も耳をそばだてる。

「あの後、大丈夫だったのか?」

「あのあと?」

「あれだよ!その、加野くんにどっか連れてかれたんだろ?…何もされなかったのかよ」

「え、え?何で知ってんの?」

俺がきょとんとして尋ねると、友人達が呆れながらも教えてくれた。

「お前が加野くんに引っ張られてくとこ見た奴らがいっぱいいるからだよ」

「もう結構な噂になってんだけど、寧ろ何で気付かなかったんだお前…」

「え、だってそんなの…」

加野くんの発言や行動のあれこれについて考えてて周りのことなんて気にしてなかった。それどころじゃなかったし…。でもそっか、そうだよな。ただでさえ目立つもんなぁ彼は。

「で?」

「…で?」

「一応確認しとくけど、何もされなかったのか?その、殴られたり、とか…?」

「いやいやいや!それはないない!!大丈夫っ!!」

怖々とそう聞いてくる友達に、俺は反射的に首を振って全否定した。あの日確かに殴られるかもとは思ってちょっと覚悟したけど痛いことなんて何もされなかったし、それどころか、それどころか…。

あ、これ言っていいのかな?後ろから何でか、だ、抱き締められたこととか…。

あの体温や間近で感じた息遣いが今更になって鮮明に思い出されて、何故だか一気に顔が熱くなった。え、何で今なの?あの時は困惑十割でそれどころじゃなかったからか?いやでもおかしいって絶対…。だって俺何回も「嫌い」宣言されてるんだぞ?

思考とは裏腹に恐らく真っ赤になってしまったであろう顔を見られたくなくて、咄嗟に両手で顔を覆い机に突っ伏す。そんな俺の姿を見て更に心配したらしい友人が「本当に大丈夫かっ!?」と声を掛けてくれた。

大丈夫…って何をもってして大丈夫なんだろう…。

「緒方?おーい、生きてるかー?」

「…れた」

「…は?」

「『嫌い』って言われた」

「えと、それは加野くんに?ってことか?」

「『俺お前のこと嫌い』って。直接…」

机に突っ伏したままぼそりと呟く。
そうだ、そうだよ。あの時確かにはっきりとした口調で彼は俺にそう言ったんだ。それを思い出してまた胸にずしりとした重さを感じた。

「そっか。直接…」

「まぁ元気出せよ!分かってたことじゃん!」

「何の慰めにもなってないよっ!」

「ま、まぁ何だ。その、あれだ…どんまい緒方」

「どんまい」

「うぅー…」

もう顔は真っ赤じゃないだろうけれど、何だか顔を上げたくない。気のせいかちょっと涙出てきた。そんな俺の心情を知ってか知らずか、友人の一人が俺の頭に手を伸ばす気配が。

あ、撫でられんのかな。完全に子ども扱いじゃんか。なんて思っていると、頭上から「わっ」という何かに驚いた声が降ってきた。何事かとそうっと顔を上げると、そこには俺に向かって伸ばされた手と、更にその手首を掴む見覚えのある手が。

もう少し上に視線を向けると、完全に見慣れた不機嫌な顔がそこにはあった。彼は眉間に皺を寄せ、手首を掴まれた友人は驚きで硬直してしまっている。
…これは一体、どういう状況だろう。

「…緒方」

「はいっ」

加野くんが俺に向き直ると同時に、友人の手首は解放されたらしい。先日のこともあってまだ頭の整理が出来ていないので、俺はどう反応していいのか分からずただ困惑していた。

すると投げられたのはいつもの鋭いナイフのような眼差しではなく、どこか寂しげな眼差しだった。そうっと俺の頭に手が伸ばされ、くしゃりと撫でられる。柔らかく俺を撫でる加野くんの手が少し震えているように思ったのは、気のせいだろうか。

「…困らせてごめん」

「え、あの」

そう言うと彼は颯爽と教室を後にして何処かへ行ってしまった。本当に一体何だったんだろう。

そう思っているのは俺だけではないようで、俺も周りにいた友人達も、ついでに言うと教室中の生徒が状況を理解出来ずに暫く思考を停止していた。

暫くすると、教室の隅から女子のひそひそ話す声が聞こえてくる。

「…嘘でしょ」

「で、でも見たよね?今確実に触ってたじゃん」

「え、ないない。ないよ?だって加野くん、スキンシップとか他人に触られるのすごい苦手って」

「確かに友達同士でも触られんの拒否ってたよね」

「彼女でもあんなことしてくれないって聞くよ?その加野くんが…」

「いやいや…」

どういうことだ。という表情をした教室中の女子の視線が一斉に俺に突き刺さるが、どういうことか聞きたいのはこっちの方だ。マジでどういうことなんだ。

彼が、スキンシップが苦手?いやいやご冗談を。ならこないだのあれこれは一体何だったっていうんだ?

これじゃあ更に謎が深まる一方じゃないか…。

ガタッ!

「あ、おい!緒方?!」

あぁもう!めんどくさいっ!!

気付けば俺は勢い良く席を立って、あいつの背中を追いかけ始めていた。

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