mitei 「嫌い」 | ナノ


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「んー…花本さんは加野くんが好きで、でも振られて、そんで何故か俺が睨まれて…あれは八つ当たりか…?あ、そうかそうかも…え、でも何で加野くんは彼女を振ったんだ…?」

「なぁおい、緒方のやつ大丈夫なのか?」

「しっ!今はそっとしといてやれよ…。失恋したばっかなんだから」

学校のアイドル花本さんが失恋したという噂は瞬く間に校内に知れ渡った。
同時に、俺が彼女を好いていたことを知っていた友人らもまた、俺の失恋を知ることになった。

そう、俺は失恋した。らしい。
だけどその事に関しては正直どうでも良かった。それはもしかしたらたまたま花本さんの本性(多分)を知ってしまったからかもしれないし、俺の彼女への気持ちがただの憧れ程度のものだったのかもしれないからだ。

問題はそこじゃない。そんなことよりもっと別のことが、俺の思考を占領していた。
あの現場を目撃してからというもの、頭の中を占める人物はたったひとり。
あの抑揚の無い冷たい声は、俺に対しても向けられたことが無い。

嬉しくなかったのかな。学校で一番可愛いって言われてる子に告白されて、ちょっとでも良いなぁなんて思わなかったのかな。何で振ったんだろ。でも加野くんのことだから告白なんて慣れっこだろうし、こないだのもその一つでしか無いのかもしれない。

沢山告白されてきたその中で、誰か一人でも可愛いとか気になった子は居たのかな。誰かと付き合ったこととか…無い訳ないか。だってあのモテようだもんな。そういやこの前もクラスの女子が元カノがいるみたいなこと言ってたっけ。そっか、そりゃ彼女がいたことくらいあるか。加野くん格好良いもんな。だから学校一の可愛い子に告白されてもおかしくない、か…。そうか。そうだよな。

…『アンタじゃ無理』って、どういう意味なんだろう。何が無理なんだろう。花本さんでも、加野くんには釣り合わないってこと?じゃあ、じゃあ一体誰が彼と釣り合うっていうんだ。

どうしたら、彼と…。

「…っ!?」

抱え込んでいた頭を上げて、思わずガタッと席を立つ。そのまま数秒、俺はまた考え込んだ。

「おい、あいつ本当に大丈夫なのか…?」

「分かんねぇけど、俺らにどうしろってんだよ。今はただ見守っといてやろうぜ」

「いやでも、話聞いてやるくらいはした方が良いんじゃないか?あいつ良くも悪くも馬鹿だし」

「悪口でしかなくないか、それ」

俺を心配してくれている友人達の会話など全く俺の耳には入っていなかった。それよりも、今、俺は何を考えた?
加野くんが何だって?どうしたら彼に…何だって?

もしかしたらこのもやもやは、花本さんに失恋したからじゃない。原因は花本さんじゃ、ない…?

あれから頭に浮かぶのはたったひとりのことだけ。それが答えじゃないのか。

俺はもしかして、加野くんのことを…。

いやいやでも、単に友達として心配してるだけかもしんないし。まだそうと決まった訳じゃ、決まった訳じゃあ…。

『緒方』

耳元で響いたあの低音が忘れられない。あの緩やかに細められた眼差しも、割と大きな手も、石鹸みたいな匂いも、ジュース事件の後申し訳無さそうに覗き込んできた瞳も。

これまでのあらゆるスキンシップを思い出してボッと一気に顔が熱くなるが、一瞬でさあっと血の気が引いて真っ青になった。

…最悪だ。俺は、最悪の結論に行き着いてしまった。

俺は花本さんのことが好きなんだと思っていた。なのにいつの間に、そうじゃなくなっていたんだろう。それとも初めから、俺は彼女に恋なんてしていなかったのだろうか。

気付いてしまったこの瞬間、俺は本当に失恋した。花本さんにじゃなくて、彼に。
というか気付いた瞬間に散ってしまうなんて、儚いにも程がある。そうだ。だって彼は俺のことが「嫌い」なんだから。

…もう、近寄るべきじゃない。
自分から「知りたい」なんて言っておいて余りにも勝手かも知れないけれど、俺はもうこれ以上彼に関わっちゃいけない気がする。

「緒方。帰るだろ。早く支度しろよ」

「っ!加野くん…」

なんてタイミングだろう。考えていたそばから今最も会っちゃいけない人の声がする。

「…緒方?」

「…ゴメン。俺もう、加野くんと関わるの止めるよ。もう近付かないから、加野くんも…お、俺に話し掛けないでっ」

「緒方?あ、おいっ!」

呼び止める声を背にして、俺は勢い良く教室を飛び出していった。

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