「緋色!待てってば!そんなに引っ張らなくても、一人で歩けるよっ」
「………」
「ちょっと、手痛い、からっ」
そう言うと彼はやっと掴んでいた腕を離してくれた。もう学校を出て結構経つ。靴を履き替える間にも離されなかった腕がやっと解放されて、僕はぐるぐると肩を回した。
あれから緋色はこっちを全然見てくれない。
やっぱり立花先輩との間に何かあったのかも知れない。
「なぁどうしたんだよ?やっぱり何かおかしいよ、お前」
「………ごめん」
「普段ならあんな風にあからさまに待つようなことしないし、こないだから何か様子変だし…何かあったんでしょ」
「腕…痛い?」
「いや、腕はもう大丈夫だけど…そんなことより、」
「紺。俺は…矛盾してるんだ」
「矛盾…?」
「何でもない。帰ろう」
鞄を持ち直して、緋色がまた歩き出した。
その後を追うように僕も再び隣に並ぶ。
「…ねぇ緋色。僕も矛盾してるんだ」
「紺も?」
さっきよりずっとゆっくりになった歩幅に合わせながら、僕は彼に届くだけの大きさでぽつりと呟いた。
「お前が言いたくないことなら無理に話さないでいいよって思う。だけど心配するからやっぱり話して欲しい、とも思う。本当に何でもないかどうかなんて、顔見ればすぐに分かっちゃうんだからさ」
僕は緋色の前に回り込んで、隣を歩いていた幼馴染みの顔を下から見上げてみた。邪魔な眼鏡を外して、前髪を避ける。少し俯き気味に歩いていたらしい緋色は僕の突然の行動に吃驚したらしく、立ち止まって綺麗な目を少し丸く見開いた。ただでさえ美しい彼の瞳に夕陽の赤が反射して、眩しくも温かい色を映し出している。
「紺、お前、」
「頼りなくてゴメンな。緋色の力になってやりたいけど、僕は緋色ほど頭が良くないから。だけど心配してるってことだけは伝えとかないとなって」
また少しだけ大きく目を見開いた緋色はけれど直ぐに目を細めて、僕の手から眼鏡を奪い取った。
「ふっ、それは皮肉?同率一位だったでしょ」
「違うよ。勉強が出来るとかの頭の良さじゃない。…僕にはきっと、見えてないものが多いから」
「…確かに鈍感なところはあるけど、」
僕から奪い取った眼鏡をまた元通り僕の顔に掛け直して、幼馴染みは再びゆっくり歩み出した。
「お前は十分見えてるよ紺。…少なくとも俺なんかよりずぅっと、ね」
今、笑ったのかな。
そう見えたのはほんの一瞬だったけれど、沈みゆく夕陽に照らされた緋色の髪はやけに透き通っていて、さわさわと僕の隣で揺れていた。
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