「ちーちゃん!久しぶりだねぇ?」
「先週の委員会でも会ったじゃないですか」
「そう?俺にとっては長ーい一週間だったんだけどなぁー。あれから廊下ですれ違うことも無かったし?」
「先輩とは学年が違いますから、そもそも廊下ですれ違うなんてほとんど無いことなんじゃあ…」
委員会の最中、隣の席から立花先輩がこそこそと話し掛けてきた。
「それより見たよあれ!ちーちゃんてやっぱりすんごい頭良かったんだね?」
「え…もしかしてテストの結果ですか?先輩学年違うのにどうして?」
「たまたま。通りがかったんだよ」
たまたま、か…。
もしかしてあの時先輩と緋色が一緒に居たのもたまたま通りがかっただけ、だったのかも知れないな。
「ゴホンッ」
壇上の委員長は一際大きく咳払いをすると、こちらを睨み付けてきた。話をちゃんと聞いていなかったのがバレてしまったらしい。怒られちゃったよ…。
でも先輩は忙しなく話し掛けてくるし、人のせいにするのは良くないにしてももう少し自重して欲しい。僕のそんな気持ちを察してか、先輩は「怒られちゃったね?」と楽しそうにウィンクして再び前に向き直った。
と同時に僕の後ろから、正確には先輩とは反対方向の隣の席から、「ひゃっ」という甲高い悲鳴が聞こえてきた。あぁ、一年の子だな…。
教壇の委員長はもう一度大きく咳払いをして、話を続けた。さっき声がした方をちらりと見ると、やっぱり一年の女の子が顔を真っ赤にして俯いていた。
忘れてた。…先輩のウィンクひとつにここまでの威力があるとは。
「ねっ、この後暇?良かったら一緒に帰らない?」
「いやこの後はちょっと…。タイムセールもあるんで」
委員会が終わってからも、いつものごとく立花先輩に絡まれる僕。
しかも今日は初めて、放課後に誘われてしまった。
「買い物?俺も付き合うよ?荷物持つよ?」
「いや、大丈夫です本当に」
立花先輩のことは嫌いじゃないけれど、先日の事もあって正直もやもやするんだよな…。かと言って先輩にあの時のことを聞いたら僕が覗き見ていたことがバレてしまうし、どうしたものか。
しかし先輩の次の一言で、僕はどきりとして固まってしまった。
「そっかぁ残念。一緒に帰ってくれるなら、話してあげてもいいと思ってたんだけどなぁ…」
「話すって、何をですか?」
「こないだのこと。俺と、彼。北村くんが何の話してたのか」
「っ!」
やっぱりあの時見てたのバレてた…のか?
驚いて口をパクパクさせる僕を見て、先輩がふっと上品に笑った。
「ちーちゃんは本当分かり易いなぁ。あぁ可愛い!」
「先輩…やっぱり気づいて、というか、二人は何で…?」
「んー?それはねぇ、」
「きゃああ!!」
「嘘?!本物?!」
「え、何」
先輩が話しかけたところで、何やら教室の外が一気に騒がしくなった。
廊下から黄色い声が飛び込んでくる。
何事かとドアからひょいと顔を出してみれば、あぁ成る程…と合点がいった。教室のすぐ側の壁に緋色が凭れ掛かっていたのだ。
それを見たあらゆる学年の女の子達がきゃあきゃあと色めき立っている。
委員会は全学年が集まるものだから、いつもより騒ぎになるのも仕方がない。だって学年が違えば授業が被ることも無いし、意図的にでもなければ中々見ることの出来ない人気者がここに居るのだから。…しかも二人も。
「わぁー!北村くんじゃんー!」
立花先輩が楽しそうな声で騒ぐ。それを見た廊下の全学年の女子も騒ぐ。
あぁこれは…僕がこの前思ったことが現実になってしまったようだ。二人揃ったらどうなっちゃうんだろうって思ってた僕にこの光景を見せてやりたい。
こうなっちゃうんだよ。概ね想像通りだけど。
二人を見ようと段々人が集まってきたその場から早く逃れたくて僕がそそくさと教室から出ると、不意にぐいっと腕を引かれた。
誰の仕業かなんて見なくても分かった。
緋色が教室から出てきた僕を見つけるなり、自分の方に引き寄せてきたのだ。
「きゃああっ!!」と一斉に放たれる悲鳴にも似た歓声が、弾丸のように飛んできて僕はたじろいだ。
それなのに彼は周りの声なんてまるで雑音のように無視して、「帰ろう」と僕に促してくる。
けれどその視線は僕ではなく教室のドアに向けられたまま、そこに居る立花先輩に真っ直ぐ突き刺さっていた。
「え、ちょっと緋色?」
「委員会終わったんでしょ。ほら」
「じゃあねぇちーちゃん!またねーっ!」
先輩はひらひらと手を振りながら、やっぱり上品に微笑んでいた。僕はそれに軽い会釈だけ返して、半ば引き摺られるようにして緋色に続いた。
「おーこれはこれは…セキュリティが強化されちゃったねぇ。…全く、面倒臭いセ○ムだな」
「あの、た、立花先輩っ!」
「んー?どうしたの?」
残された立花がふうっと軽く溜め息を吐いていると、後輩らしい女の子達から声をかけられた。
「あの、この後なんですけど、その…もしご迷惑じゃなかったら、い、一緒に帰ってくれませんかっ?!」
必死に勇気を振り絞ってのお誘いだろう。顔を真っ赤にして目をうるうるさせて、可愛いなぁと立花は素直に思った。だけど、正直今はそんな気分じゃない。
「ごめんね?気持ちだけ貰っとくよ。…俺と一緒に居ると、君も悪戯電話の共犯だと思われちゃうかも知れないからね」
「え、いたずら…?」
「なーんてね?嘘ウソ!誘ってくれてありがとう。機会があればまた今度。ね?」
そう言って立花はまた、軽くウィンクをした。
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