mitei Colors 3 | ナノ


▼ 3

「小動物…小動物かぁ」

ふわふわとした心地から抜けると、今度はまたあの疑問が浮かんできた。

馬鹿にしている訳じゃないって言ってたけど、褒められている気もしないな…。小動物に失礼だが何か強そうじゃないし。放っておけないってことは弱そうってことだろうか?どうせ例えられるなら虎とか猛獣の方が良いな。いや、僕にそんなイメージが無いのは自分でも痛い程分かってるんだけどさ…。

うんうんと考え事をしながら廊下を歩いていると、ふと視界に気になる人影が入ってきた。二人いるが、両方とも僕には見覚えがある。

「あっ…え、なんで…?」

それが誰なのか分かった途端、どくん、と一瞬心臓が跳ね上がった。

そこに居たのは立花先輩…と、緋色?

特に後ろめたいことも無いはずなのに、僕は慌てて反射的に曲がり角の壁に隠れてしまった。何だろうあれ。見たことの無い組み合わせだ。というか、あの二人が並んでいるそこだけ空気が違って見える…。幸い今は周りに誰も居ないようだが、この光景をクラスメイト…いや、学校中の女の子達が見たらどうなっちゃうんだろう。
きっと騒がしくなって容易には近付けなくなっちゃうだろうなぁ…。
だってそこには、暗い廊下の端には、何故だか知らないがこの学校のアイドル的な存在が二人も揃ってるんだから。

でも、あんなところであの二人は一体何をしているんだろう。というか接点があったなんて知らなかった。緋色は僕と一緒で帰宅部だし、先輩とは学年も委員会も違うはずなのに。
僕はちらり、と壁から顔を出して様子を窺った。覗き見なんて良い趣味じゃないのは分かっているけれど、気になってしょうがなかったのだ。
でもここからじゃ誰かを判別するので精一杯で、話し声はおろか表情も良く分からない。

ここから見えるのは立花先輩の顔と緋色の後ろ姿だけで、二人の会話内容なんて一ミリも分からないなぁ。あの二人が一体何で一緒に居るのかもさっぱりだけど、盗み見は良くないよな。

やっぱりここから離れた方が良いのかな。後で緋色に聞いてみようか…。立花先輩とどういう関係なんだろ?どうしてあんなところで二人きりで?一体何の話を?

衝撃的な光景に僕の頭からはさっきの「小動物」問題なんて綺麗に吹き飛んでしまっていた。壁に身を引っ込めた僕が新たに湧いた尽きない疑問で頭上に大量のはてなを飛ばしていると、ふいに視界に影が落ちるのに気付く。

驚いてパッと顔を上げると、そこに居たのはついさっきまで廊下の端に居たはずの幼馴染みだった。

「良かった…緋色か。びっくりしたぁ…」

思わず顔を上げてしまった先に居たのが彼で本当に良かった。そう安心したのもつかの間、突然両側からドンッと壁を叩いたような音が響く。「うわっ」と思わず声が漏れ、肩がびくんと跳ねてしまった。

「えと、ひ、緋色…?」

両手と壁で僕を囲んで、無言で見下ろしてくる見慣れた綺麗な顔。壁ドンを両手でするなんてこいつは上級者だ…なんて混乱した僕が訳の分からないことを考えていると、ふとあることに気がついた。
見上げた幼馴染みの様子が、またどこかおかしいのだ。しかもこの前のように良い方にではなくて、今度は悪い方に。ここは学校だというのにいつものきらきらとした笑顔は無く、顔に感情が見当たらなかった。まぁ目の前に居るのが僕だけなんだからわざわざ笑う必要も無いのかも知れないが…。

とは言え、その無表情が怖い。いつもの無表情とは何処か違っているその顔はピリピリとした雰囲気を纏っていて、彼が不機嫌であることをひしひしと伝えてきていた。

緋色、何でこんな怒ってるの…。
まさか、僕が二人を覗き見してたの気づかれてた…?
どうしよ、不可抗力っていうか、わざとじゃないんだけど、いやでもこれも言い訳っぽいか。とにかく話の内容は聞いてないし…。でもこんなに不機嫌になる程見られたくない場面だったのかな。
なら謝らないと…、っていうか無表情でガン見されるの本当に怖い…。

「あ、あの緋色…?僕その」

「紺」

「はいっ」

「………」

いつもよりずっと低い声音で名前を呼ばれ、思わず敬語で返事をしてしまった。不機嫌な彼はそれに突っ込むこともせず、壁に両手をついたままはぁーっと長い溜め息を吐いて僕の肩に頭を預けてきた。
予想外の事態に僕は固まってしまって、「あ」とか「え」とか言葉にもならない声をあげながら困惑するしかなかった。何だ何だ、どうしたんだ緋色。

顔に少しかかる柔らかな髪が擽ったい。シャンプーかな、爽やかな良い匂いがする。緋色が息をする度に、首に僅かにかかる空気もこそばゆくて落ち着かない。

そのあまりの密着ようにまるで抱き締められているみたいだ、なんておかしなことを考えてしまった。

家でだって、指先で触られることはあれどこんなに全身でくっつかれたことはあっただろうか。ましてや学校でなんて。というか本当にどうしちゃったんだろう?

「ひ、ひいろ?あの…大、丈夫?」

「…んーん」

「えっ、大丈夫じゃないの?どっかしんどい!?」

「…んーん」

本当の本当に大丈夫なのかなぁ。心配する僕をよそに、緋色はまるで寝起きみたいにのそっと顔を上げた。虚ろなその瞳には、いつものような輝きは無い。どこを見ているのか分からないその瞳に、僕はまた少し怖いと思ってしまった。

こんなに緋色のことを怖いと思ってしまうのなんて初めてだ。こいつ本当に、大丈夫なんだろうか。

やがて緋色は壁についていた両手を離すとパンパンッと軽く埃を払い、そのままゆっくりと僕の頭に伸ばしてきた。
片手で僕の後頭部を包み込んで、くいっと上を向けさせられる。そうしてもう片方の手ではさらりと僕の長めの前髪を横に流し、眼鏡のフレームに手をかけた。外されるのかな、と思ったけれどそんな事もなく、彼はそのまま長い指を黒い癖っ毛の間に滑らせてきた。

緋色は困惑でされるがままになっている僕の頭を何度かゆっくりと撫で、少し癖がある髪を長い指でするりと梳いていく。
後頭部を支える方の手も、ゆるゆると首の辺りまで撫で下ろしてはまた上ってを繰り返している。

「んぅっ…ひ、いろ…?」

「………」

「くすぐったい…。ってか緋色、ここ…学校、なんだけど…?」

「…ふぅん。家なら、良いんだ?」

一体何がしたいんだ、こいつは…?
やわやわと与えられ続ける弱い刺激が何だかむず痒くて、だけど緋色が何を考えているのか全く分からないから振り解くことも出来なくて、僕はただ彼のしたいようにさせていた。

暫くしてちらりと再び顔を見上げると、陽の光を閉じ込めたような瞳とばちっと目が合った。あ、いつもの色だ。光が戻ってる。そうほっとした瞬間、少し意地悪そうにその双眸が細められた。

緋色がゆるゆると撫でていた手を離し、僕がやっと解放されたと安堵した、その時。再び伸びてきた手でこれでもかと頭をわしゃわしゃ撫でられ、ただでさえボサボサの髪を更に思いっ切り乱された。それから彼はやっと満足したのか、漸く、今度こそ本当に手が離された。

「緋色、あの、何がしたいの?」

「…別に。それより、髪ヤバいよ?」

「お前のせいだろ?!あぁもう、ただでさえ癖っ毛なのに…!」

「紺。教室、戻ろうか」

手櫛で髪を整えながらまたちらりと幼馴染みの顔を見上げる。
手を離した緋色の顔はやはり無表情だったが、さっきまでのピリピリとした雰囲気はすっかり消え去っていた。

prev / next

[ back ]




top
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -