mitei Colors 3 | ナノ


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最近僕は、あの裏庭で桃谷くんとお昼を過ごすことが多くなった。
特に約束をしている訳でもないのだが、僕がベンチで色味の無い弁当を広げていると今日も彼がやって来て隣に座った。

「隣、いいか?」

「うん」

こうして毎回僕に許可を取る彼は本当に律儀だと思う。そうして桃谷くんは今日も漢らしく大口で購買のパンを頬張り、ごくんと豪快に飲み込んでから言った。

「…やはりすごいなお前は。学年一位だなんて」

「え?あ、あれ見たの?」

「あぁ。いや、頭の良い奴だとは話してても感じていたんだが、遂に北村と並んで一番を取るとは。驚いた」

「あはは…。僕、運動は苦手だからせめて勉強だけでもって思って。…というか遂に、って?」

「あー…すまない。実はお前のこと、前から知っていたんだ。テストの上位者にいつも名前が載っていたから、どんな奴かと思っていた」

桃谷くんは少し居心地悪そうに、頭を掻きながら呟いた。その内容に、僕も驚いて目を丸くする。

「そ、そうだったんだ…」

「とは言え、名前と顔は一致していなかったけどな。だけど毎回名前を見かける度に、何となく気になってたんだ。だからその、お前を助けたあの時初めてすとんと腑に落ちた。お前があの茅ヶ崎だったんだなって」

いつもはきはきと話す桃谷くんにしては珍しく、彼はもごもごと言いにくそうに僕に話してくれた。

そうか、だから僕ともっと話してみたいって言ってくれたのかな。

それにしても名前だけとはいえ、まさか前から桃谷くんに認知されていたなんて…。文武両道で皆から尊敬されている人からそんな風に気にかけてもらっていたことが嬉しくもあり何だか恥ずかしくもあって、僕は少し頬が熱くなるのを感じた。

「で、でも!桃谷くんもいつも名前載ってるじゃん!」

「俺などせいぜい二十位から三十位くらいだ。お前らには到底及ばん」

「それでも部活もしてるし主将で勉強も頑張ってるなんて、凄いよ!」

「ははっ。お前にそう言われると照れるな。有り難う」

「…!」

お…、おぉ、桃谷くんが笑った!
精悍な顔がくしゃりと歪んで、いつもはキリッとしている目が細められ、白い歯がきらりと垣間見えた。
穏やかな微笑みを向けられたことは何度かあるが、こんな無邪気な笑顔は初めてだったのですごく新鮮だ。

そのどこかあどけなさが残る笑顔に何だか僕も嬉しくなって、でもやっぱり恥ずかしくて俯いてしまった。

あぁ…こんな表情を見ると、この人も自分と同い年なんだなぁと改めて思う。
こんな風に笑うなんて知らなかった。普段の勇ましいイメージとのギャップが凄いや。

「茅ヶ崎?どうしたんだ?」

「え!あぁ、いや何でも!…僕も、もっと頑張らなくっちゃなぁって」

「茅ヶ崎…」

俯いたままそう呟くと、頭の上にポンッと大きな手が降ってきてそうっと撫でられる感触がした。
突然のことに僕は驚いて、反射的にベンチの出来るだけ端まで後退りしてしまった。

「…え、あああの、ご、ごめっゴメン!今のはその、あの」

「いや、俺こそ悪かった…嫌だったよな。すまない。…もうしないようにするから」

あぁ、やってしまった。
昔からの癖で、こうして近づいたと思えてもこんな些細な事から思い切り人と距離を取ってしまう…。さっきまであんなに無邪気な笑顔を向けてくれていた桃谷くんも申し訳なさそうに眉を下げて、しゅんとしてしまった。

「あ、あの…えと、嫌っていうかその、ただ吃驚しちゃっただけで…。桃谷くんは悪くないから、気にしないで?」

「…そう、か?どちらにせよ、驚かせてすまなかった。お前を見てると何だかその、」

「その…?」

「いや、何となく触りたくなってしまったというか…これじゃ言い訳にもならんが…。もう既に十分頑張ってるのにまだ頑張ろうと意気込んでいるのを見たら何か健気で、何となく励ましたくなった、というか…?とにかく放っておけない感じがして、つい…。とにかく悪かった」

「え、そんな何度も謝らないで!本当に驚いただけで、大丈夫だから!」

そう必死に弁解していると、また桃谷くんの表情が変わる。今度はふっと息を漏らして、優しく微笑んだ。

…最初は取っ付きにくいのかと思っていたけれど、意外と表情豊かなんだなこの人。
なんて思っていると、桃谷くんは可笑しそうに笑みを溢したままポツリと言った。

「何か小動物のようなんだよな。茅ヶ崎は」

「え」

何処かで聞いたような感想。
この前橙くんにも同じこと言われたような気がする。小動物?いや、そりゃ確かにそんなに背は高くないかもだけど…。
橙くんや桃谷くんの言う「小動物っぽい」という意味がいまいち良く分からなくて、僕はまた首を傾げた。その様子を見て桃谷くんは僕の心情を察したかのように言った。

「気を悪くしたのならすまん。今のは比喩で、決して馬鹿にしている訳じゃないんだ。とにかく何処か放っておけないというか、構いたくなるというか」

「放っておけない…」

僕が?自分で言うのもなんだがこれでも割としっかりしてるつもりなんだけどなぁ。

未だ腑に落ちない顔をしている僕に、桃谷くんは今度はいつも通りのはっきりした口調で言った。

「とにかく実際に話してみて分かったのは、茅ヶ崎、お前と居ると楽しいってことだよ」

「楽しい…?あ、ありがとう」

「あぁ。こちらこそ」

僕と居て楽しい…か。失礼だけど桃谷くんは結構変な人なんだな。と、ひねくれた僕は率直にそう思ってしまった。
だって、そんな風に言われたの初めてかも知れない。この人の言葉は嘘ではないと分かるけれど、余りにも僕とは無縁だと思っていた言葉に感情が追い付かなくて、何だかふわふわした心地のまま昼休みは終わってしまった。

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