やはりただの悪戯だったのだろうか。だけどあれは、誰かに尾けられていたようなあの感覚は何だったんだろう。やはり悪戯電話の主だったんだろうか。
そんなことを考えて再び不安に駆られていた帰り道。僕が俯いたままでいると、緋色がそんな僕の心を読み取ったかのように口を開いた。
「さっきのは多分、ストーカーとかじゃなくて、落とし物を紺に渡したかっただけなんじゃないかな」
「え」
「ほら、これ」
スッと差し出されたのは、僕のポケットに入っていたはずの財布だった。
「嘘、これ、え?」
「さっき見つけたんだ。道に落ちてた。紺のでしょ?」
「そう、だけど…」
そっか、そうなのかな。怖い人に追いかけられてたのかと思ってたけど、実は優しい人だったのかも知れない。これは悪いことをした。
「ね?もう大丈夫だからさ、紺」
「…うん。ありがと」
身体を離されてからも、手は強く繋いで離されないまま。空白だった隣にはちゃんといつもの体温があって、僕は彼から与えられる安心感に浸りきっていた。
だから、この時の僕は思い付かなかった。何故、緋色は僕が何者かに追いかけられていたことを知っていたのか。本当に僕に財布を渡したかったのなら、その人は何故その財布をわざわざ再び道に置いたりしたのか。「もう大丈夫だ」という安心感の中に疲れ切った心身を放り出していた僕は、冷静ならば色々と気づく筈の疑問には思い至らなかったのだ。
そうしてどういう訳だか、その翌日から僕への無言電話はパッタリと無くなった。
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