「セーンーパイッ!」
「ひぇっ」
移動教室の途中、突然背後から肩をポンッと叩かれて僕は盛大に驚いてしまった。今、完全に気配とか無かった気がするんだけど、僕の注意力不足かな…?
振り返ると案の定犯人はいつもテンションの高い後輩くんだった。橙くんはにかっと笑って悪戯が成功した子供みたいに瞳をきらきらさせていた。
「あっははは!センパイってぇ、オレ見るとちょっと怯えた顔しますよね?!超ウケるんですけどォ!何でなんスか?もしかして苦手な感じ??」
「い、や…別に…」
めちゃくちゃ苦手だよ…っ!
「ていうかぁ、連絡しても中々返してくんないッスよねー。あれ地味ーに傷つくなぁ」
「ゴメンね、返せる時は返す、から…」
何だか借金取りに言う台詞みたいだな。
「えー!すぐに返信してくんなきゃやだぁ!どうせ家でも勉強ばっかしてんでしょっ?!勉強とオレとどっちが大事なのー!?」
「え、えぇ??」
そんなの勉強に決まってるけど!?
「なーんつって!良いんスよ別にぃ。オレが勝手にセンパイに連絡したくてしてるだけなんで、返事なんか適当でー。ってか無くても勝手に送るしぃ」
「そう、なの…」
「そうなの!だからもうちょい力抜いてくださいよー。オレもっとアンタの色んな顔見てみたいし」
「え、何で…?」
「んっふふ!面白いからっ!何か小動物みたいでかぁいいし?」
相変わらず、良く分からないな…。というか、か、かぁいいって何?何語?
「か、え、何て?」
「か、わ、い、い!って言ったの!センパイ小動物みたくプルプルしてて髪とかふわふわそうでぇ、何か見ててすんごい面白いんだよ!もう撫で回したくなっちゃうー!みたいな!?」
これはもしかして、いや、もしかしなくても馬鹿にされている…よな。
確実に。
「橙くん、悪いんだけどちょっと意味が分からない…かな」
「あはっ!別に今は分かんなくてもいーんすけどぉ、そッスね、ひとつだけ忠告しといてあげますよ。まぁ、肉食の獣にパクッと食べられないように注意してくださいね?セーンパイッ」
「…?………うん」
もう意味が分からないことだらけなので聞き返すのも止めた。聞き返すほど会話が訳の分からない方向へ進んでいく気がして、僕はとりあえず早く終わることを願いながら短い返事だけを返す。そうしていると、また少し離れたところから橙くんを呼ぶ声がした。
「おーい橙!何してんだ!ミーティング始まんぞーっ!」
「はいはぁーいっ!あー、じゃオレもう行かなきゃ。じゃねっ!ちぃセンパイ!!」
「うん。じゃあ」
あぁ、やっと解放された…。あの子のテンションにはついていけなくて、話しているとやっぱり少し疲れる。
それに言動がいちいち良く分からないし。
何だ小動物って?僕のことそんな風に思っていたのか彼は。一応、ひとつだけとはいえ年上なんだけどなぁ…。
とりあえずもうとやかく言われる事がないように、連絡にはもう少しだけこまめに返信するのを心掛けようと思った。
「ははっ、無自覚なんだろうなぁあの反応。んっふふ。…センパイいじめんの癖になりそ」
「橙急げー!」
「おぉーっ」
小走りで同級生の元へ向かう橙の口元は、無邪気に歪んでいた。
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