mitei 藤倉くんとクリスマス | ナノ


▼ 5

閑静な住宅街はひっそりと静まり返っていて、たまに視界に入ってくる家のイルミネーションがやけに眩しかった。

あいつの家は、流石に二回来てるから場所は覚えてる。冬の日没は早く、辺りはほとんど夜色に染まり始めていた。暗い時に来たのは初めてだけど、目的地には迷うことなく辿り着くことが出来た。

他の家は一階に電気が点いているところが多かったけれど、藤倉の家はどこも電気が点いていなくてやけに真っ暗だった。クリスマスは予定があるって聞いたし、やっぱり家族で出掛けてるのかな。

そこで、ふと思い出すあいつの言葉。

『高校生にもなれば恋人と過ごす人も出てくるんじゃないの?』

恋人…。恋人か。
寧ろ何で今の今までその可能性に気付かなかったんだろう。もしかしたらあいつも、彼女とかとどっか出掛けてるのかも。あれだけモテてるのに居ない方がおかしいよな…。俺が知らないだけで、そういう人が居てもおかしくはない…よな。考え中っていうのはもしかして、モテすぎて誰と過ごすかを考え中だったってことか…?
俺の中での藤倉はとにかく俺に引っ付いてくるイメージしかなかったから、自惚れてたのかもしれない。

知らない誰かと仲良さげに歩く後ろ姿を想像して、何か胸の辺りがきゅっと締め付けられた気がした。
何だろ。寒いからかな。

ていうか俺、何でここに来たんだろう。今更になって足がすくむ。家を見る限りやっぱりどこも電気は点いていないし、誰も居ないのかもしれない。ふうっと零れた溜め息が、冷たい空気に白い影を残して消えた。

かじかむ手でポケットからスマホを取り出して、メッセージを送るところで指が止まる。いつも物事はスパッと決められる方なのに、何でか今日は指が動かない。
やっぱり寒いからだと無理矢理結論付けて、インターホンを押すこともなく駅へと踵を返そうとした、その時。

藤倉の家の中からだろうか。何やらバタバタバタッと慌てたように走る音と、バンッと勢い良くドアが開かれる音がした。何事かと俺が振り返ると、姿を確認する前に嗅ぎ慣れた匂いと感触に全身が包み込まれる。
耳元で、珍しくぜいはあと息を切らした声がする。

ぎゅううっと強められる、腕の力。

俺はそれを拒むでもなく、いつもみたいにゆっくり背中に手を回して、わしゃわしゃと猫みたいな毛を撫でた。その柔らかな髪は俺が撫で回す前からボサボサで、後頭部にはぴょこんと跳ねた束があった。

「…ごめ、俺寝ててっ、まさか澤くんが来てくれるなんて、はぁっ、おも、思わなくて…!」

「いや、こっちもいきなり来て悪かったっていうか…何でインターホン鳴らしてもないのに俺がここに居るって分かったの?」

「…さわくん…澤くんだ…あぁ、本当に本物だ…」

俺の疑問は華麗に無視して、藤倉が顔を上げた。薄着のまま飛び出してきたせいか顔は少し赤くて、寒さのせいか瞳が潤んでいる。まるでまだ夢の中にでもいるかのように微睡んだその瞳で、俺の目をじいっと覗き込んできた。
そうして藤倉は俺の存在を確認するように、骨張った綺麗な手で何度も俺の頬を撫でてきた。
俺の方が長い間外に居た筈なのに、何故かこいつの手の方が冷たい。

「ばっかだなぁ。そんなに確認しなくてもちゃんと本物だよ?」

その必死な様子が何だか愛おしくて思わず笑みを溢すと、綺麗な瞳が更にきらきらと輝きを増した。

雫が溢れ落ちる前に、再び腕の中にすっぽり収められてしまう。頭上から降ってくる声は、少し震えていた。

「こんな…寒いのに、わざわざ来てくれたの」

「うん。つってもたった一駅だけど」

「うぬぼれても…いいの…。おれに、俺に会いに来てくれたって自惚れてもいいの?」

「こんな住宅街に、他に目的なんて無ぇよ。イルミネーションなら駅前の方が綺麗だし」

「なんで…?だって、おれ、」

「何か分かんないけど、直接会って言いたかったんだ。なぁ藤倉、」

俺は少し身体を離し、満天の星空を閉じ込めたような瞳を真っ直ぐに見つめて言った。



メリークリスマス。



「会ったこともない他人の誕生日なのに、何か変だよな」

またふふっと思わず笑いが漏れる。さっきまであんなに寒かったのが嘘みたいに今は暖かい。

「そうだね。…でも、俺は生まれて初めてこの日に感謝したよ」

「初めてって、んぅっ!?」

カサカサの唇に一瞬触れただけのバードキス。顔を離すと、藤倉はこれでもかというくらい幸せそうな顔で微笑んだ。
藤倉の漏らした艶やかな吐息も、やっぱり白く跡を残して消えていった。

「はぁ…だからこれくらいは赦してね。澤くん…。メリークリスマス」

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