ガラッと音を立てて教室に入ってきた人物を見て、女子たちがざわざわと色めき立った。ここに彼が来ることは珍しいどころかもう日常になっているのだが、澤が居ない時に来るのは初めてのことだった。
端正な顔にいつものような柔らかな表情は無く、彼は無言のままスタスタと窓際で談笑しているグループに近づいていった。
「ぉわっ、びっくりした!」
「ふ、藤倉くんじゃん…」
「あの、悪いんだけど今澤は職員室で」
「知ってる」
無表情のままピシャリと言い放つと場の空気が一瞬ひやりと凍りつく。別に彼は怒っている訳でも、まして大声で怒鳴った訳でも無いのに、やけに響いた低音にそれまでざわざわとしていた教室内が一気に静まり返った。
その空気を気にも留めずに、藤倉はグループの一人に話し掛けた。
「あのさ、」
「お、おう…?」
「アンタ中学ん時から澤くんと仲良いよな」
「え、えと、まぁ…うん」
やはり把握されてたのか、と話し掛けられた男子生徒は少し怖くなった。冷や汗のせいか手の平がじんわり湿ってくる。
いつも遠目から見る大型犬のような彼と本当に同一人物なのかと疑いたくなるような、無表情。その彼から向けられる眼差しには何の色もなく、薄い唇は淡々と言葉を紡いだ。
「俺、クリスマス予定あるから」
「………へ?」
「だからさ、いつも通り澤くんも誘ってやってよ。寂しがってたからさ」
「え、いいのか?」
「ああ。よろしく」
それだけを言いに来たのか、要件を言い終えた藤倉が教室の出口へ足を向ける。
やっとこの謎の緊張感から解放されると男子生徒たちが安堵した途端、藤倉が何かを思い出したようにくるりと振り返って此方に戻ってきた。
「そうだ、言い忘れてたけど」
「な…何?」
「俺が誘うように言いに来たのは絶対内緒な。後…これは俺の個人的な我が儘なんだけどさぁ。あの子にベタベタ触るのは出来るだけやめろよ?じゃねぇと俺、」
「ひっ」と漏れた悲鳴は誰のものだったのだろうか。紡がれた言葉の続きとその威圧感に、やっぱり中学時代の数々の噂は真だったのだと、教室中の誰もが再認識したのだった。
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