「おっかしーなぁ…」
放課後、人の少なくなった教室。俺は自分の席で通知の来ないスマホをじっと見つめながら、首を傾げてぼそっと呟いた。
「どしたの?」
「うぉっ!お前…いきなり後ろから現れんなよ!」
画面に集中し過ぎていた俺が悪いのかも知れないが、結構吃驚してしまった。バクバクする胸を抑えながら、全く気配すら感じさせずに近づいてきた変態をじいっと睨み付ける。どうやら俺を迎えに勝手に教室に入ってきていたらしい。
「ふっふふ。ゴメンゴメン、そんなに驚かれるとはっ」
いつものごとく楽しそうなヘラヘラ顔で、悪びれもせずに藤倉が言った。ってか何故堂々とスマホカメラを構えてやがるんだ。
絶対今の間抜けな顔を撮られた気がする…。
「ったく…まぁ気付かなかった俺が悪いんだけどさ」
「で?何か悩み事?」
「いや別に、悩み事って程でも…」
藤倉は何も言わずに前の席の椅子を引くと、後ろ向きに座ってじいっと俺の顔を覗き込んできた。スマホ越しに、見慣れた筈の端正な顔がちらちらと垣間見える。
くっそ…やっぱ睫毛長いな…。というかさっきまでのヘラヘラ顔はどこへやったのか、真顔になった視線が少し怖い。
俺が白状するまで逃がさないつもりだ…。
「さーわくん?」
「いや、あー…いつもクリスマスで集まるメンバーから今年は何も連絡が来ないんだよ。…それで今年はやんないのかなって思ってただけ」
「ふうん。そりゃあね、高校生にもなれば恋人と過ごす人も出てくるんじゃないの?」
「そっか、そうだよなぁ。そっか…」
他人事だと思ってたけど俺の周囲は知らない内に皆着々と大人への階段を上っているのか。嬉しいけど、何かちょっと寂しいかも。
「寂しい?」
「えっ」
まるで俺の心を読んだみたいなタイミングで聞いてくる藤倉。その顔はまたいつも通りの柔和な笑みを浮かべ、綺麗な切れ長の目は柔らかく細められていた。
「うーん…そうだな。まぁ時の流れを感じて寂しいっちゃ寂しいけど、皆がそれぞれ楽しいんならいいかな」
「そっか」
「お前は?」
「うん?」
「何か予定あんの?クリスマスとか」
「俺は…そうだなぁ…。どうしようかな」
「え、無いの?予定」
「考え中だよ。澤くんとこは家族でやるの?」
あれ、何か話逸らされた…?気のせいかな。
「え、まぁ普通に晩飯食って…後ケーキ食うぐらいかな。妹が甘いの好きだから」
「妹さん中一だったよねー。澤くんに似て可愛いんだろうな」
「お前みたいな変態には絶っっっ対会わせねーけどな。…ってか妹の話お前にしたことあったっけ?」
妹の年齢以前に俺に兄弟が居るなんて話した記憶が無いんだが、何で知ってんだこいつ。訝しげな目を向けると、正面に座る変態は何でもないことのように言った。
「やだなぁ、自分で言ってたじゃん」
マジか。そうだっけ?
俺、遂にボケたのかなぁ…。
いやでも言われてみれば言ったか?そういえば言った気がしないでも…。前に藤倉は一人っ子だって話は聞いたし、もしかしたらその時にでも話してたのかも。会話の内容なんていちいち覚えてないから分かんねぇや。
「さぁ帰ろうか、澤くん」
「お、おう」
「手でも繋ぐ?」
「あほか」
傾き始めた太陽が、二人分の影を長く廊下に映し出していた。
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