otherside
昔っから俺の行動は周りからすると意味が分からないらしい。
物心ついたときからずっと周囲から変だ変だと言われてきた。家族は理解できないなりに暖かく見守ってくれたけど、たまに会う親戚とか幼稚園の友だちとか、先生にも言われたことがある。
よく言われたのは、「何考えてんのか分からない」という言葉だ。
俺は別に隠す気もないから話そうとするんだけど、そうすると「別にいいよ」と返される。
「分からない」と言うわりにはみんなさほど興味が無かったみたいだ。
ならはじめから放っておいて欲しい。
小学校も高学年になると、俺はますます孤立した。まだ子どもなのにみんなやけに大人びて、「まだそんなことしてるの」なんて言う。
もう慣れっこだし、誰にも理解されなくてもいいと思っていた。
…違う。
本当は、誰かに聞いて欲しかった。
面白いものやきれいなものを見つけたとき、こんなものがあったよって、ほんとだすごいねって、そう言い合えるだけで良かった。
俺の見ている世界を、誰かと分け合いたかった。
小学校5年の春。
「なにしてんの」
校庭の花壇の横でしゃがみこんでいると、背後から訝しげな声が掛けられた。
その台詞は俺の人生で多分最もよく言われてきた言葉だ。
その後の反応も大体予想ができる。
「別に」
振り返りもせずぶっきらぼうに答えた。
どうせ言っても分からないだろう。
「あっ!」
話しかけてきた少年が突然驚いたような声をあげた。
びっくりして思わず振り返ると、さっきの不機嫌さはどこへやら、真ん丸い瞳をきらきらさせた少年が近寄ってきた。
こいつは確か今年初めて同じクラスになったやつだ。
「あー、なるほどなぁ」
少年はひとり納得したように頷く。
「これお前が見つけたの?すげーなぁ。俺初めて見たかも。」
彼の視線の先には、サナギから出てきたばかりのアゲハチョウ。
俺がさっき見つけたものだ。
「なーんだ、これ見てたのかよ。こんなすげーもんあるなら教えてくれよな。こんなところで一人うずくまってるからどっかしんどいのかと思うじゃん」
良かった、保健室の先生呼びに行こうかと思ってたんだよなーなんて言いながら俺の隣に腰掛け、少年は子どもらしい屈託のない笑顔を俺に向けて言った。
「な、また何か見つけたら教えてくんない?」
「…変なやつだな」
率直な感想だった。
だけど決して悪い意味じゃない。
俺にとっては初めてのタイプだったから。
「失礼だな!お前に言われたくねーよ」
少年は、今度はムスッと頬を膨らませて怒った。
コロコロと表情が変わる彼が面白くて、俺がついふふっと笑うと、今度は驚いたような顔をして見つめてきた。
大きな真ん丸い瞳が可愛らしい。
「びっくりしたー。そんな風に笑うんだな」
良いこと知っちゃったな、なんて彼は無邪気に喜んでいるけれど。
俺のほうが良いもの見つけたよ。
世界で一番おもしろくて、美しいもの。
これ以上の発見は、きっとこの先もう無いだろう。
でも、誰にも教えてやんない。
俺以外知らなくていい、俺だけのものだ。
俺の世界に寄り添おうとした人間は今まで他にも居た。
小学校のときも、中学になっても、そして、今でも。動機はみんな大体同じだ。
俺の見た目のせいか、俺に好かれたいと願う人間は少なくなかった。
ある日の放課後、知らない女子に呼び出された。どうせまた似たような用件だろう。
下駄箱で彼が待ってるから早く戻りたい。正直面倒だ。大体、そっちが勝手に話したいだけなのに何で毎回呼び出されなくちゃならないのだろう。俺は話すことなんて何もないのに。
人気のない中庭で、ロングヘアーの女の子が待っていた。俺が来たと分かるとそわそわしだして、手に持っていた手紙のようなものをぎゅっと握りしめる。
そしてこちらからは見えないとでも思っているのか、校舎の影に様子を窺う数人の人影があった。友だちが応援でもしてるんだろうか。
無駄なのにな…。
彼が待ってる。早く戻りたい。
俺の頭の中はそのことでいっぱいだった。
「急に呼び出しちゃってごめんなさい」
本当に。そう思ってるなら呼び出さないで。なーんて言ったら彼が怒るだろうから、言わない。
「初めて見たときから先輩のこと素敵だなって思ってたんですけど、その、この前先輩がここでしゃがみこんでるのが見えて、」
後輩か。全く知らないしもちろん話したこともない。というか早く下駄箱行きたい。
「それで、何してたのかなって思ってたんですけど、もしかしてその、間違ってたら恥ずかしいんですけど、」
間違っててもいいから早く終わらせてくれ。
「サナギ…先輩がいなくなった後に、見つけて。もしかして、それ見てたのかなって。それで私…!」
多分当たり。よく覚えてないけど。
早く戻りたい。
「それで私、もっと先輩のこと知りたいと思って…!」
そうなんだ、俺は別に知りたくない。
とは言わない。
「そっか、ありがと」
一応笑顔で返す。彼の前以外で使う表情筋がもったいない。笑うのってこんな重労働だったかな。
そう、たまにいるんだ。こうやって俺の世界に歩み寄ろうとする人間が。
まぁこいつらが本当に興味があるのは俺じゃないだろうな、と思う。
そりゃ見た目だって俺の一部なんだからそうとは言い切れないかもしんないけど、それでも腹の底に見える下心みたいなものが、もう見飽きたそれが毎回俺をうんざりさせる。
でもいいんだ。おれはもう見つけたから。
どうでもいいんだ。
彼以外は、どうでもいい。
真っ直ぐに俺の世界に興味を示してくれた、唯一無二の存在。
くだらないことを分け合って、おもしろいものもきれいなものも教え合って、たまにいたずらしてやったりなんかして。
そうやって色んな表情を見ていたいんだ。
俺の世界の真ん中。
その場所は、彼だけのものだから。
替わりなんていらないし、替わりになるものなんて存在しないんだ。
…まぁ例え彼が俺の世界に興味がなくなったとしても、もう離してやらないけれど。
さっさと手紙を受け取って足早に彼の元へ向かう。
あぁ、早く会いに行こう。
俺の世界を全部あげるから、きみの世界を全部ちょうだい。
end.
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