今日も今日とて隣の変人は、のんきに下手くそな鼻歌なんか歌っている。わざと下手くそに歌っているのか本当に音痴なのかは分からないが、楽しそうなことはいつもと変わらない。
…恋人の前でもそんな風に歌うのかな。
あの日から時折そんなことを考えるようになり、何だかもやもやが消えない。
次告白されたら、こいつは断らないかも知れない。そうしたら今度はその子とこうやって一緒に帰るんだ。恋人だから、多分手を繋いだりなんかして…。
おかしいな。普通は祝福すべきことなのに、その光景を想像するたびに心に鉛が溜まっていくみたいな感じがする。
素直に喜べないなんて、嫌な奴だなぁ俺。
…逆にもし俺に恋人ができたら?
こいつは喜んでくれるんだろうか。
「なぁ、もしさ」
「んー?」
「もし俺に恋人ができたら」
そこまで言いかけると、彼の足がピタッと止まった。またいつものあれか?
そう思って振り返ると、眉間にシワを寄せて何やら考え込んでいる幼馴染み。こんな表情はあまり見たことがないが、今度は何だろう。全く人が話してるってのに。
すぐに彼は何事も無かったように歩き出し、俺に聞いた。
「告白でもされたの?」
「いや、されてないけど」
「じゃあだれか気になる子でもできた?」
「いや、そんなんじゃなくて。だから例え話で」
「欲しいの?」
「…え?」
「恋人が、欲しいの?」
「いや別に、恋人が欲しいとかじゃなくてさ」
「おっけー」
「え?」
何がおっけーなんだ一体。抗議しようと彼の方を振り向いた。すると、スッと後頭部に手が差し込まれ、頭を固定される。こいつの瞳、黒だと思ってたけど焦げ茶だったんだなぁなんてのんきに考えていると、唇に柔らかい感触…って、え?一瞬何が起きたのか分からなかったが、すぐにその行動の名前を理解した。
後頭部を支える手にぐっと力がこめられたかと思うと、ぺろりと唇を舐められすぐに解放された。え、舐める必要あったの?
「な、に…してんの」
「んー?分かんなかった?もっかいする?」
「や、そうじゃなくて」
何でこんなことするんだ、っていう意味で。
「んー、何となく」
「何となくって」
「したかったし、してほしそうだったから、かな」
「そんなことっ…ていうか、俺初めてだったんだけど?!」
「奇遇だねぇ、俺もだよ?」
ふふっと無邪気に笑う幼馴染み。
柔らかい風が彼の髪を揺らす。
沈みかけの太陽の光が色素の薄い彼の髪に反射して、金色の光を放った。
「柔らかかったね」
美しい金色の世界に見とれていると、その世界の中心にいる彼が楽しそうに笑う。
ただでさえ熱い顔に更に熱が集まるのを感じた。
「そういうことをさらっと言うなよ…っ!」
「ねぇ、」
ふわり、と再び綺麗な顔が近づいてきて、
耳元で名前を囁かれた。
きれいだね。と、長い睫毛を揺らして目を細める幼馴染み。
それはまるで愛しい恋人に向けるみたいな甘さを含んでいて、目が合うとどくん、と心臓が一際大きく跳ねた。
そうか。
もう手遅れだったんだ。
俺の世界はもう、とっくにこいつの色に染まりきっていたんだ。
きらきらした眼差しに耐え切れなくてふいっと顔を背ける。
それでも眼前には太陽の光を受けた町並みが広がって、世界は金一色に輝いていた。
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