ぽつぽつと、修二さんは自分のことについて話してくれた。落としてきた欠片を、ひとつずつ拾っては俺に手渡してくれるみたいに。
「この傷ね」
「…うん」
「小さい頃にね。親父に熱湯かけられたんだ」
「………え?」
「あぁ、わざとじゃないよ。親父がキッチンで癇癪起こした時丁度近くに僕が居て…。親父も気付かなかったみたいでたまたまっていうかさ。…親父も、悪気があった訳じゃ無かったんだと思う。あの頃会社の経営が立ち行かない時期で、苛々してたんだと思うよ」
「だからってそんな…っ!」
腹の底から沸々とどす黒いものが沸き上がってくるのを感じた。そんなの、いくら苛々していたからって許される行為じゃない。この場に居ない相手にマジでぶち切れそうになっている俺を見て、修二さんは心底嬉しそうに笑った。ふわりと綻ぶその顔が、今まで何週間も隠されていたことをとてももったいなく思ってしまう。
「ありがとう。きみがそうやって怒ってくれるのが嬉しいよ。だけどもういいんだ。あの人ももう、昔とは違って毒が無くなったっていうか…」
「仲直り…したの?」
「うーん…別に喧嘩してた訳じゃないからなぁ…。でもまぁ、そうだね。今は普通に話せるかな」
「…仮面無しで?」
「うん。寧ろ何度も申し訳なさそうに見てくるよ。もう何年も経ったから気にしなくて良いって言ったんだけどね?」
それでも、くそみてーな親父だな…。と思ったのが、どうやら声に出ていたらしい。修二さんはふはっと吹き出して笑った。
「だよねっ?僕もそう思ったよ!」
「すいません…」
「いいよいいよ、その通りだから!ははっ。だけどあの人はあの人なりに必死だったんだ。父から…えーと、親父の親父だから僕の祖父から受け継いだこのグループを潰さないために。下手したら何万人って社員の生活に関わるからねぇ」
「えっ、てかずっと疑問だったんですけど…」
「んー?僕は勿論タチだよ。だからきみが僕と結婚してくれれば必然的にネコに、」
「んなこと聞いてねぇよこの変態ッ!?じゃなくて、アンタ一体何者なの!」
「へ?きみのそう遠くない未来の旦那さん」
「じゃなくて!この屋敷!めっちゃいる使用人!!そんでさっきの話!!やの付く暴力系の方々じゃないの?!」
「ふっ、あっははは!違うよー?そう言えばちゃんと自己紹介してなかったかも、ゴメンゴメン。でもきみには偏見無しで僕のこと見て欲しかったからさ」
「仮面付けてか?」
「それはゴメンってば。あー、えっと。僕のフルネームは東宮修二。家はホテル経営とかしてるかな。あと色々」
「ま、え?ひ、東宮ってあの??ひがしみやグループの、本家?」
「あ、やっぱ知ってたかぁ。初めに言わなくて良かったー。そうそう、そのひがしみやだよ」
「え、アンタその、社長子息…?」
失礼だが全くそうは見えない…。
かなりの金持ちであることは予想していたが、まさかそこまでとは。通りで俺みたいな一般人のことなんて易々と調べ上げられる訳だ。
「まぁそうなるけど、会社を継ぐのは兄さんだよ。僕は次男でまぁ、補佐役?みたいな」
「え、マジで…?」
「マジで」
「そんな日本を代表するようなグループの重役って、こんな変態でも務まるもんなのか…?」
日本、大丈夫か…?
俺は屋敷の中での変態な修二さんしか知らないので、仕事をしている彼の姿が全く想像出来ず本気で心配してしまった。
「ふっふふふ、やっぱ好きだなぁ直樹。大丈夫、これでも仕事の時はちゃんとしてるから!」
「嘘だ…」
あ、でもそう言えば倉島さんが、仕事中の修二さんについて少しだけ話してくれたことがあったな…。余りにも完璧過ぎて近寄りがたい人物だと周囲に思われているとかなんとか。俺の知っている彼の人物像とは一ミリも合致しないのでその時は笑い飛ばしてしまったが、倉島さんは真摯で誠実だし冗談を言うような人じゃない。
もしかしてもしかしたらマジなのか。
「あ、ついでに言うともう親父に結婚の許可貰ってるから。それにここ僕の持ち家だから、もうほとんどきみの物みたいなもんだし、今の話聞いたからって遠慮しないで、ずぅっと居ていいんだからね?」
「………え。ちょ、待って、はぁあ?!親父さんに話した!?もしかして俺のことも!?男だってのも!?ってかここアンタの家なの!?」
「勿論」
「おぅ…」
情報過多で頭が痛くなりそうだ…。俺の意思を尊重するとか言っていた癖に、根回しはしっかりしているなんて…。爽やかな笑顔の裏で、実は相当腹黒いんじゃないのかこの人。
そこで、倉島さんが修二さんのことを「味方としてはとても信頼出来るが、一番敵に回したくない人」と言っていたのを思い出した。
…なるほどな。
俺はやっぱりこの人のまだまだ一部分しか知れていないらしい。
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