mitei とんでもない美形 | ナノ


▼ 5

今日は聞こう。例えはぐらかされるとしても、粘り強く。
俺に求婚してきた本当の理由や仮面のこと、俺の知らない彼のことを。

実は今までも何度か聞いてみようとしたことはあるのだが、求婚してきたことについてはただ「一目惚れしたから」、仮面のことについては「きみが"美形"が好きだと思ったから」なんて返されて、それ以上は何も聞けなくなってしまったのだ。
それって、仮面を着けていない修二さんは"美形"じゃないってことか…?実は不細工で、それがコンプレックスだったりとかするのかな。声とかスタイルとか仕草とか、垣間見える喉仏とかから判断するにモテそうな感じはするけど…。というかそんなこと、今更問題だろうか。

大体俺は美形好きなんて一言も言った記憶は無いが、彼がそう信じて止まないのは多分俺の部屋の本棚にあるラインナップのせいだろうなぁ。俺は確かに物語の系統としてはハイスペックなスパダリ美形攻めが好きだけど、話で好きな傾向イコール実際の好きなタイプとは限らないと思うんだが…。

何だ、じゃあ今度から清楚系巨乳美女の写真集でも山積みにしておけばいいのか?…それも何か違う気がする。

とにかく、折角二週間もここで暮らして来たんだ。自分をここに連れてきた張本人について俺はもっと知ろうとすべきなんじゃなかろうか。やられっぱなしは性に合わない。



「えーっと…今日は直樹がやたらと積極的なのは嬉しいんだけど…」

「だけど?」

「ち、近くない…?」

「そうですか?」

いつもは修二さんが俺の少し後ろについて、屋敷の行く先々を質問攻めしながら付いてくるスタイルであったが今日は逆だった。付き纏われる前にこっちが付き纏ってやり、話をするタイミングを窺うという魂胆だ。案の定修二さんは俺の予想外の行動に戸惑っているのか、いつもより調子が狂っているようだった。そうして俺は自室に戻るという修二さんの後ろに付いて階段を上っていた。

ちなみに俺の部屋は一階に、修二さんの自室は二階にある。彼の部屋には何回か招き入れて貰ったことはあるが、とにかく物が少ないということしか分からなかった。

しかし…こうして改めて見ると、彼の一挙手一投足が本当に綺麗でつい見惚れてしまう。字も言葉遣いも綺麗だし、所作もいちいち美しい。大きい家だし、厳しい教育でも受けてきたのかな。そう言えばこの大きな屋敷で今まで家族らしき人とすれ違ったことはないし、使用人の方以外は見当たらない。

一緒に住んでいないとなると、この人の家族は何処にいるんだろう。この人は一体どんな環境で、どんな風に育って、どんなことを考えて今まで生きてきたのだろう。その仮面の下の本当の顔は、一体どんな表情をしているのだろう。

…知りたい。この人のことを、もっと。

「…修二さん」

気付くと俺は、彼の名前を声に出して呼んでいた。

「ん?」と修二さんが振り返る。

遂に形容詞が尽きたのか、今日も額からぶら下げられている紙には初日と同じ"とんでもない美形"と書かれていた。
この薄い紙と仮面越しにある、彼の素顔。俺は何も言わず、ただじいっと目があるであろう場所を見上げた。

「…直樹?」

すると何かを察したのだろう修二さんが少し首を傾げて見つめ返してきた。多分だけど。けれど数秒もしない内に彼はふいと横を向いて、その視線は直ぐに逸らされてしまった。柔らかそうにウェーブがかった髪が、少し揺れている。

「修二さん?」

「ゴメン。やっぱちょっと近過ぎて心臓が…」

「は?」

「それより直樹、何か今日変だよ…。どうした?何かあったの?もしかして、体調悪いとか?!」

「いや、体調は大丈夫ですけど」

「そうか…それならいいんだけど」

そう言って修二さんは再び階段を上っていった。俺も慌てて後を追おうと、足を踏み出す。

「あ、待って修二さん!俺アンタに聞きたいことが、うわ…っ!」

「直樹っ!」

ずるっと踵が古い板を踏み損ねた感覚がして、全身が重力に逆らえず後ろに傾いた。

俺の前を歩いていたはずの修二さんが咄嗟に腕を伸ばして、ぐいと俺を引き寄せる。

その拍子でからんころんと、足元に何かが落ちていく音がした。

「直樹!直樹大丈夫か?!怪我は?!どこか痛いところは?!!」

「そ、そんなに揺らさなくても大丈夫ですって…引き上げてくれたおかげで落ちずに済みましたし…それより肩の方が痛いんですが」

余程動揺したらしい彼は俺の肩に指が食い込むほど力を入れて掴んでいた。それが俺の言葉と共に、少しずつ解かれていく。肩を掴んでいた手を離して、修二さんはそれをゆっくりと俺の背中に回した。耳元で、いつも通りの低く柔らかな、しかし少し震えた声が直接聞こえる。

「あ、あぁそうか…そうか、良かった。良かった…」

「助けてくれて、ありがとうございます…」

俺の無事を確認すると、修二さんはゆっくり身体を離してまだ心配そうに顔を覗き込んできた。あぁ、これが…。俺はどうしても我慢出来なくて、目の前で不安げに揺れる瞳の下にそうっと手を伸ばした。

足元に転がる、仮面と和紙。
初めてこの目にした、綺麗な光。
初めて見たはずなのに、どこか懐かしい不思議な光。
ただ本能からそれに触れたくて堪らなくて、俺は無意識に手を伸ばした。

「こ、れは…」

火傷痕…?
するりと撫でた彼の右頬は、不自然にでこぼこしていた。傷跡は大きいものでは無いようだが、頬から顎にかけて、確かにそこに存在していたのだ。

俺が触れるまで、彼は仮面が取れていたことに気づいていなかったらしい。触れた瞬間一瞬ピクリと肩を強張らせたが、俺の手を振り払いはしなかった。

「…幻滅したでしょう?」

「…は?」

「ゴメンね。騙すつもりは無かったんだ」

「ちょっとまっ、」

「本当にごめん。もう、家に送ってあげるから」

「だからちょっと、あの」

「やっぱり、僕のことは忘れてくれていい…。迷惑をかけた分、それ相応の報酬は払わせよう。好きな額をこの紙に」

「もう!話を聞け!!」

一向に俺の話を聞こうとしない頑固者に痺れを切らして、遂に声を張り上げてしまう。驚いたらしい彼が目を真ん丸くして、俺を見つめた。不安の色が揺れる榛色の瞳が、この状況なのにやけに輝いて見える。
あぁ、やっと、やっと見られたのに。ここで勝手に終わりになんてされたくない。

「…なお、き?」

「アンタ、今何て言った?幻滅したかって?したかしてないかで言えばしたよ!!今!すごく!俺は怒ってる!!」

「見れば分かるよ…」

「いいや分かってない。全然、全く、これっぽっちも、一ミクロンも分かってない!!」

「そんなことは」

「アンタなぁ!!ふざけんのも大概にしろよ?何でアンタが謝んだ!何で、この傷で俺が幻滅するんだ?!今まで一体俺のどこを見てきたんだよ?!」

「え、あの、え?」

訳が分からない、と文字がなくともはっきりそう書かれた顔で俺を見つめてくる。その顔にすら俺は苛々して、怒気を隠さずに続けた。
頭では分かっている。彼はきっと怖かったのだろう。頑なに俺に顔を見せたがらなかったのはきっと、傷跡を見て俺が離れていくとでも思ったからなのだろう。だからこそ、俺は今怒っている。自分でも驚くほどに。

「僕のことは忘れろ?その上金で解決?ざっけんなよ!大体、無理矢理自分ん家に俺を連れ去って結婚宣言するわ、俺のことは知らねぇ内に勝手に調べ上げてるわその癖顔は頑なに隠そうとするわで幻滅するポイント既に満載過ぎて突っ込みも追いつかねぇんだよ馬鹿!」

「す、すいません…」

「はぁ…。アンタがここまで馬鹿だとは…。俺が何で怒ってるのかまだ分かってないだろ」

「この傷のこと隠してたからじゃないの?」

「それもある。けど一番はその理由にムカついた」

「と、言うと…?」

「そりゃあ、見せるの怖かったんだろうとは思うよ。分かるとまでは言わないけど、きっと他にも嫌なこと言われたり拒絶されたりしたことがあるから俺にも見せたくなかったんだろ?俺が逆の立場でもすげー怖いと思うし。でも、…それでもやっぱ腹立った。その傷を見て、俺が幻滅するとか簡単に離れていくって思われてたことに腹が立った!」

「え、と…その、あー…えと」

俺の言っていることが理解出来ているのかいないのか、修二さんは困ったように眉を下げて形の良い目をきょろきょろと彷徨わせている。最近は仮面を付けていても何となく感情は読める気になっていたけど、はっきり表情が見えるとやはり安心するな。この人は結構、分かり易いひとなのかもしれない。

「だぁかぁらぁ!もうちょっと信じてくれても良かったって言ってんの。仮にも惚れた相手のこと!」

「惚れた相手」とか自分で言うのも恥ずかしいが、こうでも言わないと分かってくれなさそうだ。

「…怖くないの。僕のこと、気持ち悪いとか」

「怖くはねぇけど、気持ち悪い奴だとはすげー思うよ。ストーカー染みたとことか、俺への執着度合いとか」

「うっ、」

「けど、アンタは…」

もう一度、傷に触れる。彼は何も言わず、抵抗もしない。
再び撫でたその感触に、不思議と記憶の隅で何かが鈍く光った気がした。初めて触ったはずなのに、俺はこの感触を知っている気がする。

…こいつはきっとこの傷のせいで色んなことを言われて、心もたくさん傷つけられてきたのだろう。顔を隠すようになるなんてよっぽどだ。そしてだからこそ、俺にも見せることを躊躇ったのだろう。怖がるのは当然のことだ…。
俺が怒るのは、筋違いかもしれない。端正な顔を歪めて瞳いっぱいに涙を溜めるこいつが今まで一体どんな気持ちを抱えて生きてきたかなんて、俺には想像すら出来ないから。

それでも、悲しかったんだ。
この傷跡を見ただけで軽蔑して、幻滅して離れていったであろう奴らと一瞬でも同じに思われたことが。他の誰でもない、こいつにそう思われていたことが。

分かっている。きっと俺は、とてつもなく自分勝手だ。

頬に触れた手を、ゆっくりと下へ撫で下ろす。そうして本心からの言葉を相手の心に突き刺すんだ。例えその言葉が、傷跡になっても。こいつの心に留まり続けて欲しいから。「俺」という存在を、刻み付けてやろうと思ったから。

「アンタは、俺が今まで出逢ったこともない程のとんでもない美形だよ」

ぽたり、と頬を撫でていた手に雫が落ちた。

「そう?なら…なら、良かった」

絞り出すような声と共に泣き笑うその顔は本当に、世界で一番美しいと思えた。

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