俺がこの屋敷に来て二週間くらい経っただろうか。ここまでも特に何ということも無く平和に過ごしてきた。
そして初めは怖かった黒スーツの方々とも更に仲良くなった気がする。最初に俺を車に連れ込んで助手席に座っていた人、倉島さんは何と黒スーツの方々のリーダーだったらしい。礼儀正しい彼は今でもずっと俺の護衛にあたってくれていて、修二さんが居ない間の話し相手にもなってくれている。
そう、この屋敷での生活はとにかく平和で居心地の良さすら感じつつあった。
平日は何処かへ出掛けている修二さんも土日は屋敷に居るようで、休日になれば一日中俺に貼り付いて離れようとしないのが難点ではあるのだが。
「直樹…今日も可愛い」
「可愛くない」
「じゃあ格好良いよハニー」
「格好良くもないし結局ハニーなのかよ。ってかハニーじゃねぇしアンタそれどっから見えてんだ」
こんな感じで、屋敷に居る間はとにかく俺の行くところにべったり引っ付いてあーだこーだ話し掛けてくる変態修二さん。
とは言え彼は必要以上に俺に触れてこようとはしなかった。実際に触られたのはここに来て最初の頃、俺が倒れそうになったのを支えてくれたあの時だけだ。
それに食事も別だった。俺が食べている時には必ずと言っていい程同席し、何度も「美味しい?」と聞きながらガン見(多分)してくる癖に、俺は彼が何かを食べている姿を未だに見たことが無い。きっと俺とは時間をずらして食事を摂っているのだろう。
そこまでして仮面を外したくないのだろうか。何だよ…自分で『美形』って豪語している癖に。
「…足立様?」
「あぁ、すいません。ちょっと考え事してて…」
修二さんについてあれこれ考えている内にしかめっ面にでもなってしまっていたのか、心配そうに倉島さんに声をかけられて俺ははっと我に返った。
「足立様、何かご心配なことでも?我々で解決出来ることなら何でも致しますので遠慮無く、」
「だ、大丈夫!大丈夫です!というか、そこまで俺相手に畏まらなくても良いですよ?多分俺の方が倉島さんより大分年下だし…。直樹って呼び捨てでも良いくらいなのに」
「そういう訳には参りません。足立様を名前で呼び捨てようものなら修二様にころ、…いえ、大変叱られてしまいますので。それに貴方は修二様の伴侶となられるお方ですし」
修二さんにころ…?聞き間違いかな。まぁいいや。
「いやいやいや、伴侶て…。言っときますけど、結婚どうのこうのに関しては俺全く承諾してませんからね?!」
「今のところはそうかもしれません。けれど、折角の機会です。どうか修二様のことを、しっかり見て、もっと知って頂きたい。貴方ならきっと、あの方のお力になってくださる…。貴方だからこそ我々もそう思うのです」
あの人の力に?俺が?俺、だからこそ…?
言っている意味はいまいち良く理解出来なかったが、そう語る倉島さんの声音は真剣だった。
「何か買い被り過ぎですって…」
まぁでも一ヶ月って約束だしな…。約束の期間も既に半分程過ぎた今、俺の中でも修二さんについてもっと知りたいという気持ちが大きくなっているのは確かだった。
修二さんは俺のことは何でも知っている癖に、彼自身は中々に謎が多い人だ。俺に一目惚れをしただの、自分のことを知って欲しいだの言う癖に、どこか一線を引かれている気がしてならなかった。
素顔を見せないことも勿論だが、心の中に絶対に踏み込めないようにしている領域があるような気がする。それは誰にでも少しはあるものかも知れないが、俺をここまで自分勝手に振り回しておいて自分だけ見せたくないところは見せないなんて、何か腹が立つ。
彼は自分から俺に近付いて来たんだ。俺にだって彼に寄り添う位の権利はある筈だ。
大体、知って欲しいと歩み寄って来たのは向こうなのに、考えてみれば矛盾していることだらけじゃないか。
全てを知るのは無理でも、もう少し。俺はもう少しだけ、あの人に近付きたい。近付いて、もっと知りたい。あの人の素顔を。あの人の心の奥を…。
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