mitei とんでもない美形 | ナノ


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「………で?今日は、『見たらびっくりする程の美形』、ですか」

確か昨日は『世界史に残る程の美形』で、一昨日は『全米が震撼する程の美形』だったな…。彼が額からぶら下げる文字は日捲りカレンダーのように毎日違っていた。しかし、段々と雑になってないか?

「ああ。困ったことに、もうそろそろ僕の美を讃える形容詞が尽きそうなんだ」

「はぁ…。もう普通に『美形』だけじゃ駄目なんですか?」

「それじゃ面白くな…いや、普通になってしまうだろう」

…普通ってなんだっけ。
まだ短い期間だがここでの生活で俺の感覚も狂ってきている気がする。

この屋敷に連れてこられてからというもの、俺は何度も修二と名乗った男の顔を見てやろうと試みたが未だに一度も拝めていない。何せこの男、紙の下に仮面を着けていたのだ。そのため横から見ても紙を捲ってみても素顔は一向に見ることが出来なかった。

ある時、屋敷に連れて来られて二、三日経った頃のこと。一向に顔を見せないことに苛立った俺が、正面から修二さんの顔を覆う紙を思い切り捲ってやった事があった。するとその下にあったのは何と狐のお面で、俺は吃驚して後ろに倒れそうになったのだ。
その時は修二さんが咄嗟に腰を掴んで支えてくれたが、そのままぐいと引き寄せられて首元に顔を埋めさせられ、優しくぽんぽんと頭を撫でられた。「驚かせてすまない」と囁く低い声はどこか甘く、寄せられた首筋からはコーヒーみたいな穏やかな匂いがしたのを覚えている。

何故だかその全てが俺を酷く落ち着かせるのだ。このように男に抱擁されても意外と抵抗が無かったのは、二十センチはあるだろう身長差とこの匂いのせいかもしれない。俺がいくら男の中でも小柄な方だとはいえ、彼の腕の中にすっぽり収まってしまうのは何とも悔しいが。

この人には人を惑わす力でもあるんじゃないだろうか。着けているのは狐のお面だし、何だ…やはり妖の類いなのか。

それから数日経ってもこの人は仮面の上に紙を貼るのを続けていた。見慣れたといえば見慣れたが、「一目惚れした」発言も含め何て珍妙な人なんだろうという印象は変わらない。

初日は『とんでもない美形』、その次は確か『あり得ない程の美形』、それから『とてつもない美形』…だったかな。

とにかくこの人ときたら毎日毎日こんな姿で、息苦しくはないんだろうか。視界もどうなっているんだ?ちゃんと見えているのか?階段とか、転ばずに歩けているんだろうか?そしてその無駄に達筆な字は自分で書いているのか?…もはやあらゆる面で心配である。

そんなこんなで、俺がこの馬鹿でかい屋敷に連れてこられて早一週間が経った。今のところ生活において困ったことはない。寧ろ快適過ぎるくらいだ。

俺専用だと案内された部屋は実際の俺の部屋より何倍も広く、和室だというのにふかふかの大きなベッドが用意されていた。そして壁一面に並べられた本棚には、驚くべきことに俺の家の本と同じ物がそっくりそのまま、いや、もしかしたらそれ以上のラインナップが揃えられていた。どれも新しい事から察するにどうやら俺の家から持ってこられた物ではなく、全て新しく購入されたものだろう。

この部屋だけで一ヶ月なんて余裕で過ごせる気がしたが、冷静に考えてみるとそこまで俺のことが調べ尽くされていることにゾッとした。楽しみにしていた新刊の発売日、知らぬ間に机の上にその本が置かれていた時は特に驚いた。
何で知ってんだよ…。趣味嗜好を赤裸々に暴かれて恥ずかしいやら恐ろしいやらを通り越し、もはや感心する域だ。でもやっぱ恥ずかしい。

そんな感じでどうやら俺のことはとことん調べ尽くされているっていうのに、俺はというと修二と名乗る仮面野郎が何者なのか一週間経っても全く分かっていない。分かっているのは嘘か本当か分からない『修二』という名前と毎日和服を着ていること、とにかく頑なに顔を見せたがらないことと、それなのに"美形"ということに固執していることくらいだ。

…マジで、色々意味が分からない。
そもそも修二さんの話が本当だったとして、俺が一目惚れされる意味も分からない。というか、いつどこで出会ってそうなったのかも何も分からない。

…彼の顔を見れば、何か少しは分かるのだろうか。

しかし、結婚どうこうは別にしても、俺に危害を加えるつもりがないというのは本当らしかった。それどころかこの上なく丁重にもてなされている気さえする。

俺が外に出たいと言えばすんなり屋敷の外に出してくれるし、何なら着替えを取りに行くという口実で一度自宅に帰ることも出来た。勿論、大袈裟な護衛付きだが。

外出の度に隙があれば逃げ出してやろうかなんて考えが無い訳では無かったが、特に監禁されているわけでもないし、基本的に俺の意思は尊重されるし(しかし自宅からはやはり連れ戻されたが)…もしかしてもしかしたら修二と名乗った男の話は本当のことなのかもしれない。

あれからバイト先からは何の連絡も無いし、俺の代打で誰かが出勤しているというのも本当なんだろう。

当の修二さんはというと昼間は大抵何処かに出掛けているようで、夕方頃になると帰って来ては屋敷の中で俺に付き纏うということを繰り返していた。今日は何処へ行ったんだとか、何か面白いことはあったかとか、ここでの生活はどうだとか…。他愛も無い会話を繰り広げながらも、その中に俺への気遣いが感じ取れた。
それに顔は全く見えないのに、俺に話し掛けてくる様子はどこか楽しそうな気がする。

四六時中俺の護衛にあたってくれているためもはや少し仲良しになりつつあった黒スーツの方々も、その光景を微笑ましく見つめてくる。
それが少しこそばゆくもあるが、何よりこの環境に馴染みつつある自分自身に一番驚いていた。

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