「おぅ…」
"事実は小説よりも奇なり"、なんて言葉は一体誰がどんな状況で放ったんだろうか。学の無い俺でも知っているどこぞの名言は割と的を得ているのだと、そういや一年前も実感したっけな。
一日の仕事が終わり、くたくたの身体で帰路につく。ネクタイを緩めて歩きようやっと自宅のアパート前まで帰って来ると、何とそこには映画でしか見たことがないような…と言いたいところだが、もう何度も見た黒塗りの高級車が停まっていた。
「待ってたよ。直樹」
黒スーツの男達を引き連れて車から出てきたのはやっぱりとんでもない美形だった。紙に書かれていなくてもはっきり分かる。
修二さんは少しだけ髪が短くなったようで、以前よりも更に若々しい印象を受けた。
「はぁ…。だから事前に連絡しろって言ったじゃんか、修二さん」
「きみの部屋はそのままだよ」
「話聞けよ」
「会社は僕の家から通うといい。その方が近いだろう」
「マジか。相変わらず話聞かねーなアンタ」
やはり有無を言わさず車に乗せられ、隣に和装姿の美形も乗り込む。まだ今の会社に入社して半年程、やっと仕事に慣れてきた頃にこれだよ…。
「…直樹」
「ん?」
そっと手が重ねられ、心配そうな、しかしどこか楽しそうな色を浮かべた瞳が真っ直ぐに俺の顔を覗き込んできた。
「本当に、よく頑張ったんだね…。到着するまで、ゆっくりしてていいからね」
「…ん」
遠慮無く肩に頭を預けると、やっぱりあの落ち着く匂いがした。あぁ、この人の香りだ。
きっとこれからもっとこの人に振り回されて、色んな苦労もあるだろう。だけどそれも悪くないなぁなんて思う俺も、この人に負けず劣らず結構おかしな奴なのかもしれない。左手に乗せられた温もりを感じながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
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