mitei とんでもない美形 | ナノ


▼ 8

「…本当に帰っちゃうの?直樹…」

「本当に帰っちゃいます」

「せめてもう一週間だけでも」

「一ヶ月って言ったのアンタだろ?ブレてんじゃねぇよ。それにもう十分です」

「そっか…すまなかったね。迷惑かけて」

「アンタ何か勘違いしてるみたいだけど」

「うん?」

「俺まだ完全に断った訳じゃないから」

「え!」

「かと言って承諾した訳でもねーから!」

「…そうなの」

「…やることできたんだ。今まで特にやりたいこととか無かったんだけどさ、目標…出来たから。俺、ちゃんと就職するよ。修二さんには全然及ばないかも知れないけどちゃんと会社に入って、安定した収入貰って、自立する。まぁ今までも自立はしてたけどいつまでもバイトって訳にも行かないし」

「…そうか。応援してる」

「おう。だからさ、俺がちゃんと大人になったら、…また迎えに来てよ」

「え、」

「あー、次はちゃんと事前に連絡しろよな。アレ結構心臓に悪いんだから」

「それって」

「じゃ、倉島さん車出してくださーい」

「直樹!」

振り返ると、優しく目を細めて修二さんが微笑んでいた。声は聞こえないが、口元が動くのがちゃんと見える。彼はもう、仮面を着けていない。優しく見送る凛とした姿が、段々と遠ざかっていく。

彼の言葉を受けて、俺は自分にしか聞こえない程の小さな声で囁いた。

「…うん。待ってて」



修二さんは、自分の顔の傷を「醜いだろう」と言った。醜いと思うからこそ、バレた後でも俺には見せたがらなかったのかも知れない。
俺は、彼のあの傷跡を見ても醜いなんて微塵も思わないのに。寧ろ、俺はあの傷も含めて修二さんの顔が、いや…彼自身が好きなのだ。あの真っ直ぐな瞳を見た時に、彼を構成する全てが愛おしいと…そう思ってしまったんだ。…認めたくないけど。

だけど彼が頑なにあの傷を俺に見せたがらなかったこと、その背景にあったであろう出来事やその時の修二さんの心情を思うと胸が締め付けられるように痛くなることは、確かだった。

修二さんは何も悪くないのに。悪いのは、修二さんをそんな風に苦しめる原因を作った父親やあの傷が「醜い」という概念を彼に植え付けた周囲の人間だろうに。優しいあの人はきっとその言葉の刃を誰に返すでもなく、そっと自分の中に閉じ込めてしまったのだろう。
今更怒ってもどうしようもないのに、考えるだけでやり場の無い感情が腹の底から湧き上がる。けれど修二さんは、もう良いのだと言った。

一番認めて欲しいひとに、「美しい」と言ってもらえたから。もうそれだけで良いのだと。

…溶かすことが、出来るだろうか。俺に、あの人が心の中に溜め込んだトゲを少しでも溶かしていくことが、出来るのだろうか。

過去のことは俺にはどうしようもないけれど、俺の言葉で彼がそこまで喜んでくれるなら、前を見て歩いてくれるなら、何度でも言い続けてやるのも悪くないかも知れない。例え今はまだ遠くても必ずあの人の隣に追い付いて、俺も一緒に歩いてやろう。
そうして毎日あの人の側で、飽きるまで言い続けてやろう。あの時漏れた俺の本音を。

貴方は…修二さんは「とんでもない美形だよ」って。

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