校門に出ると、見覚えのある姿が待っていた。だけど何かいつもと様子が違う。まだ学校の敷地内だというのに、いつものきらきらとした彼ではなかった。俯いて、柔らかな髪に隠された表情は窺い知れない。
「…緋色?」
「…なぁに」
「や、何かあったのかと思って…何か変だから」
「何かあったのは紺だろう?絡まれたって、何で俺に言ってくんなかったの」
「そ、れは…もう大丈夫だよ。助けてもらったし」
「…桃谷と、仲良くなったの」
「え、」
何で、桃谷くんのこと知ってるんだろう。それに僕が絡まれていたことも。
僕が疑問の言葉を発するのを遮るように、緋色は続けた。
「ううん。…俺のせいで、ゴメンね」
「緋色のせいじゃないよ」
「………」
「帰ろう?今日は何でもリクエスト聞いてあげるからさ」
こんなに項垂れた緋色は久しぶりに見た。唇をぎゅっと真一文字に結んで、何か言葉を押し殺しているようだった。それは謝罪の言葉なのか、或いは他の感情なのか…。僕には分からなかったけれど、身体は勝手に緋色の手を引いて歩き出していた。少しだけ冷たくて、僕の手よりも少しだけ大きい。暫くするとぎゅっと、ほんの少し力を込めて握り返される感触がした。
「…紺は俺が守るから」
「ん?」
余りにも小さな声で発された言葉は僕の耳まで届くことはなく、空気に溶けて消えてしまった。
学校を出て暫く手を繋いでいたが、僕は漸くその恥ずかしさに気付き、顔が熱くなってきて振り解こうとした。が、力強い手がそれを許さない。ごくたまにあることだが、こういうモードに入った緋色は中々に手強くて、駄々っ子みたいに我儘になるんだ。
言葉数も、いつも以上に少なくなる。普段聞き分けが良く他人のことを優先してしまう反動なのだろうか。
それともそんなに、落ち込んでるのかな…。
「…ハンバーグ」
「また?」
今度ははっきりと聞き取れた彼の可愛い要求。見上げた顔は相変わらず無表情だったけれど、それでも少しずつ元気になってきているようでほっとした。
「駄目ならオムライス」
「緋色って意外と子供舌だよな。いいよ、作ってあげる。ハンバーグは最近作ったから、今日はオムライスね」
「ん」
「緋色」
「ん?」
「ううん。何でも」
高校生になってまで手を繋いで帰るなんて、正直恥ずかしいことこの上ない。それでもいつも隣に居てくれるこの体温が何だか愛おしくて、結局家に帰るまでずっと手は繋がれたままだった。
ねぇ緋色。本当はね、…本当は。
お前が僕と一緒に居てくれることが、こうして一緒に帰って一緒にご飯を食べてくれることが、僕にとっては当たり前なのに特別で手放したくない時間になっているのも事実なんだ。
大声ではしゃぐようなことがなくても二人でいるのは楽しいし、落ち着く。
時に長く続く沈黙すら気まずくなんてなくて、寧ろ無理に話さなくていいから心地良いくらいだ。学校とは違う、二人の時だけほとんど無表情の緋色がたまに笑うとその笑顔が心からのものだと分かるし、ほっとする。
…本当は、ずっと側に居て欲しい。
だけどそんなことを言って緋色を縛り付けるようなことはしたくないから、言わない。言わないでおこう、そう思った。
「紺」
「ん?」
「ううん。何でも」
変なの。でもふわりと微笑むその表情があまりにも綺麗だから、僕もつられて笑ってしまった。
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