「った!」
ドッ、と鈍い音を立てて、一瞬視界がぐらついた。珍しく緋色が居ない帰り道。タイムセールに間に合うようにさっさと帰宅しようと運動場の横を歩いていたところ、どうやら頭にボールがぶつかったらしい。
ぶつかったとは言ってもそれほどボールに勢いは無かったため、幸い大したことは無さそうだ。…小さなたんこぶくらいは出来るかも知れないけれど。
それよりも焦ったのは、ボールがぶつかった衝撃で眼鏡がズレたことだ。
少し外して手で確認してみる。良かった、割れてない。
気を取り直して眼鏡を整え足元を見ると、コロコロとサッカーボールが転がっているのに気づいた。それと同時に遠くから元気な声が聞こえてくる。
「あ!サーセーン!そこの人ぉ!ボール取ってくれますぅー?!」
…それよりも先に何か言うべきことがあるんじゃないだろうか。
と、謝られないことに少し苛立ちはしつつ、僕は素直にボールを拾うために屈んだ。
そして顔を上げると、目の前には汗だくで上は半袖、下はジャージの裾を捲ったサッカー部らしき生徒の姿が。
多分さっき「ボールを取って」と声をかけてきた子だ。ジャージの色から、学年が一つ下であることが分かる。
「あざーッス!」
「…うん」
いかにも運動部な挨拶で彼は僕の手からボールを奪い取った。反射的に顔を背け俯いてしまったが、そのまま声がかけられる。
「あっれー?もしかしてボール当たっちゃいましたぁ?!この辺赤いッスよ?」
すっとボールが当たった額の部分に後輩の手が伸びる。その気配を察知した僕は慌てて一歩退き、「大丈夫!大丈夫だから!」とその手を制止した。
…偏見だけどやっぱこういうキラキラした運動部の子って距離感近い、気がする。
我ながら不審な行動を取ってしまった。それに気を悪くしてしまったのか、サッカー部の後輩くんはじぃっとこちらを見つめては何かを考え込み始めた。
「んー?あっれぇー??」
「…?」
大きめの目にキリッとした眉で、幼さが残る顔なのにどこか男らしい。彼はむぅっと口を尖らせて、手を顎に当てたまま探偵のようなポーズで暫く押し黙っていた。
「あの、」
帰っていいかな?と恐る恐る声を発しかけたとき、彼は突然何かを閃いたように「あ!!」と大声を上げて思いっ切り僕を指差した。…自由な子だな。
「思い出した!アンタあれだ、どっかで見たことあると思ったらあの、あれ、名前何だっけ…。とにかくあの人とよく一緒に帰ってる人だ!!」
「あの人…?」
とは言ってもそんなの一人しかいない。僕は直ぐにとある人物を思い浮かべたがとりあえず彼の言葉を待った。
「あの!あの人だよ!めっちゃ背高くてカッコ良くて、何か派手な連中とよくつるんでる校内でも有名な奴!あの人が何回も校舎裏で告られてんのオレ見たことあるもん!」
あぁ、絶対緋色だ。
「最初はホントにこんな漫画みたいな人いるんだーって思ってたんだけどさ、この前たまたまアンタとあの人が一緒に帰ってんの見かけてぇ。んでオレすっっっげぇー不思議に思ってさぁ!だってアンタら全然共通点無さそうじゃん?!なぁ、何でつるんでんの?」
良くも悪くも、素直な子だなぁ…。
言いたいことをそのまんまぶつけてくる。
「…別に、家が近いだけだよ。一緒に帰るのは、昔からの習慣っていうか、」
「えっ!あー!幼馴染みってやつッスか?!」
「…うん。そう。そんな感じ」
「えぇー?いくら幼馴染みでもなぁー?キャラ違い過ぎね?!って思っちゃったりー…あー!いやいや!悪い意味じゃないんで気にしないでくださいっ!ねっ?!」
「…はぁ」
何となく言いたいことは分かる。が、何かまともに取り合ってると疲れそうな子だな。
「センパイ?ッスよね?名前は?」
「は?」
「だぁかぁらぁっ!!センパイの名前ー!教えてくださいよっ!あと出来れば連絡先も!」
え?は?何で?
「いや、名前…は、茅ヶ崎だけど…」
「ちがさき…サン?下は?!下の名前!」
「えぇ…と、紺だよ。紺色の紺」
「んんー…じゃあちぃセンパイッスね!」
「はぁ?」
下の名前聞いた意味は??
駄目だ、この子自由過ぎる…。正直言ってドストライクで苦手なタイプだ。
僕が頭を抱えていると、運動場の遠くから何やら人を呼ぶような声が聞こえてきた。もしかしてこの子が呼ばれているのでは。
「ヤッッッベ戻んなきゃっ!連絡先ー、は今スマホないからぁ、くっそミスッた部室だ!あ!俺の名前は橙です!だい!大野橙!ダイちゃんて呼んでくださーい!そんじゃまた!!」
忙しない子だな。結局ボールをぶつけられたことに関しては謝られないまま、ダイちゃんは呼ばれたところへと駆け足で戻っていってしまった。
いや、いやいやいや呼ばないよダイちゃんなんて。
寧ろもうあまり関わりたくない。距離感近いし煩いし。彼には悪いけどやっぱり僕の苦手なタイプそのまんまだよ。
そう思うもあれ以来僕は何故か橙くん(もうそう呼ぶことにする)に懐かれてしまったようで、学校で見かけられる度に話し掛けられてはそのしつこさに根負けし、遂に連絡先まで渡すことになるのだった。
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