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少し急いで教室から昇降口へと向かう途中。廊下の曲がり角から突然現れた人影に気付くも止まりきれなかった僕は、その場に尻餅を付いてしまった。幸いその人物とぶつかることはなかったが、は、恥ずかしい…。

「大丈夫?」と優しく手を差し伸べられ、僕は素直にその手を取って立ち上がった。

「す、すみません。ありがとうございます…って、た、立花先輩?!」

見上げてみるとそこに居たのは、委員会の先輩だった。

「だからぁ、翠でいいって言ってるじゃん。それより、相変わらず鈍臭いなぁちーちゃんは。まぁそこも可愛いんだけどね」

くすくすと笑いながら手を離した先輩はそのまますっと僕の頭に手を伸ばすが、僕は咄嗟に避けてしまった。先程の自分の失態と相まって、申し訳ないやら恥ずかしいやらで頬に熱が集まるのを感じる。

「あ、すいませ、」

「えー撫でるくらいいいじゃん。ちーちゃんのケチ」

「触られたりするの、苦手なんです…」

「ふうん?」

にやにやと僕を見下ろしてくる先輩を、ガラス越しにちらりと見上げた。飄々としている先輩はやっぱり何を考えているのか全然分からないな…。

立花翠先輩は委員会が一緒の、僕よりひとつ上の先輩だ。

長いさらりとした髪を一纏めにして結わえ肩から流しており、加えて中性的な整った顔立ちから、黙っていれば女性と見紛うような華奢で繊細な雰囲気が漂っている。
そのくせ背は平均よりも高いらしく、何センチかは聞いていないが集団の中にいてもすぐに見つけられるくらいだ。
その神秘的な見た目から、男女問わず隠れファンが多いらしい。

けれど初めて会った時から何だかスキンシップが多いこの先輩とのやり取りに、僕は未だ身構えてしまうのだ。

「色々とごめんなさい、先輩。じゃあ僕はこれで」

「あ、待って待って。ノート落としてたよ?ちーちゃん」

「え!?いつの間に…ありがとうございます。…あの、」

「ん?何?」

「やっぱりその呼び方やめませんか?何か恥ずかしいし…」

「ちーちゃんが恥ずかしがってるならやめなーい。それとも名前で呼び捨ての方がいいのかな?紺?」

先輩はいつもこんな感じで僕をからかってくる。最近はちょっと慣れてきたけど…。

「もういいです、元の呼び方…で?!」

先輩に拾ってもらったノートをしまうため鞄に視線を落としながら答える。するとちょっと目を逸らした隙に、先輩がぐっと僕に近づいてきていた。ふと顔を上げると、至近距離に綺麗な顔があることに気付く。

目が合うか合わないかというところで、僕は咄嗟に後退り先輩と距離を取った。

…びっくりした。まだ心臓がどきどきしてる。

「前髪邪魔そうだから払ってあげようとしただけなのに、そーんな逃げられると傷ついちゃうなぁ」

「す、すいません、びっくりして…」

先輩はわざとらしく不機嫌そうに頬を膨らませてこちらを見ている。
大人っぽいその容姿とは何だか不釣り合いな子どものような表情だ。

「まぁ、名前で呼んでくれたら許したげる」

「へ…?えっと、翠、先輩?」

「よろしい。ふふっ、ごめんね?驚かせちゃって」

「いえ、こちらこそ…」

「邪魔じゃないの?前髪」

「眼鏡、掛けてるんで。目にはかかりませんし」

「んー、そっか。俺的にはもうちょっとちゃんとちーちゃんの顔が見たいんだけどなぁ」

「はあ…。じゃあ、僕はこれで。ノートも、ありがとうございました」

ペコリと頭を下げて先輩に別れを告げた。
翠先輩のことは嫌いではないが、たまに距離感がちょっと分からない。
フレンドリーな性格であることは有名だが、完全に慣れるにはやはりもうちょっと時間がかかるかもしれない。

「…なかなか手強いなぁ」

去り行く背中を見つめながら、翠先輩がぼそっと呟いた言葉など僕は知る由も無かった。

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