mitei 夢のあとで | ナノ


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あ、あのシルエットもしかして…。
やっぱり、そうだ。彼だ。

灰色の靄がかかる薄暗い世界で、おれが漸く見つけた光。その光が段々と此方に近づいてくる。

おれは嬉しくて嬉しくて、走って彼に近づいた。それはもう飼い主を見つけた飼い犬みたいに尻尾を振って。けれどすぐに、ある違和感に気付く。

待ち焦がれた彼の隣に、彼よりも少し小さな女の子が立っていた。おれたちの間だけ霧が晴れて漸く彼の顔がはっきり見えると同時に、見たくないものまで見えてしまったのだ。

手を、繋いでいる。彼が。おれの知らない、女と。


『よう藤倉、俺、彼女が出来たんだ』


少しはにかんで、嬉しそうに彼が言う。隣のカノジョも、彼に寄り添いながらふふっと幸せそうな笑みを零している。彼の隣に立っているのは少し地味だが、純粋そうで気弱そうな女の子だった。男前で優しい澤くんと相性が良さそうだと、不本意ながら思ってしまう。


『後輩の子でさ、この前告白されたんだ。お前には一番に報告しようと思ってさ』


嘘だ。嘘だ嘘だうそだ。

だってもしそんな奴が居たら、告白なんてする前におれが…。
何か言おうとするが、言葉が全く出てこない。それどころか全身が凍りついたみたいに、指先ひとつ動かせない。おれはただただそこに突っ立って、彼の次の言葉を待つしかなかった。耳を塞ぐ事も、目を覆う事も赦されずに。


『これからはこの子優先になっちゃうと思うから、お前と一緒に居ることも減っちゃうけど』


嫌だ。いやだいやだいやだ。
その場所はおれの…おれの場所。彼と帰る時間もその握られた手も一緒にいる権利も、全部全部おれの…っ!

…違う。本当は誰かが入るはずだった場所に今はおれが勝手に陣取っているだけ。己の欲のままに彼を独占して、誰にも渡したくないだけだ。そうして狡猾に彼の優しさに付け込んで、「彼の隣」というこの世で一番の特等席を独占しようとしているだけなんだ。

その隣に居られる権利は、彼自身によって幾らでも奪われも与えられもすることなど解っている。

この子が、選ばれたんだ。おれじゃない、この子が…。


『お前もモテるんだから、彼女出来たら俺にも教えろよな』


そう言って彼とカノジョは仲良く手を繋いで去って行く。再び靄が覆って暗くなりだした世界に、動けないままのおれをただひとり残して。

待って、行かないで。

…ろ、やめろ…触るな…さわんなよ…その手はおれの…おれが…。
やだ。嫌だ嫌だ嫌だ…。待って、待って澤くん…待ってよっ!





「…まって!」

ガバッと勢い良く身体を起こす。伸ばされた手は空を切って、だらりと力なくシーツに下ろされた。

はあはあと荒い呼吸の音が聞こえる。俺は夢と現の巡間でぼうっとしたまま、呆然と辺りを見回した。視界にはもう靄は無くて、代わりに物が少ない質素な部屋と、ぐしゃぐしゃになった白いシーツが見えた。

ポタッと雫がひとつ落ちると、そこだけ色が濃くなって直ぐに乾いていった。
背中から冷や汗が止まらない。どくどくと嫌に速く脈打つ鼓動をそのままに、俺はベッドから起き上がって壁一面を覆うクローゼットの扉を開けた。中を暫くぼうっと眺めてふうっと息をつくと、漸く少し落ち着いた。

ベッドサイドの時計を見る。いつも起きるより一時間くらい早い時間だ。念のためスマホを起動して確認する。

「あぁ…良かった」

現実の彼の姿を見てまた少しだけ落ち着いた。けれどもついさっき視てしまった悪夢の残片は未だ身体に張り付いている気がして、それを洗い流すかのようにシャワーを浴びた。

部屋に戻ると今度はもう少し大きな画面で見たくなって、パソコンの方で再度確認する。現実の彼はすやすやと寝息を立てたまま、ぐっすりと眠っているようだ。きっとあと一時間以上は起きないだろう。この角度からじゃあ寝顔は見られないけれど、それでも彼をそこに感じていたくて、俺はただ雑多な部屋の中心を眺めていた。

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