mitei 藤倉くんはちょっとおかしい4 | ナノ


▼ 7.藤倉くんの決意

それからもずっと、小さなボールは何も無い俺の世界に居座り続けた。

氷が入っていた袋は何故か捨てられないまま、乾かして引き出しの奥にしまってある。自分でもかなりおかしいとは思うが、あの時から俺の中は彼でいっぱいになって、正直苦しいくらいだった。

一日中、ぐるぐると同じものを再生する俺の単純な思考回路。昼寝中も喧嘩中も、セックスの最中だって、ちらつくのは彼のことばかり。誘ってくるどんな女の身体なんかより、彼がボールを取るときに一瞬垣間見えた白い素肌を思い出す方がよほど欲情した。

たったひとつの小さなボールから、空だった世界には色んなものが生まれ始めていた。自分でもその急激な変化についていけず、戸惑うばっかりだ。
今まで何も無かったところに、急激に色んなものが詰め込まれて息が苦しい、みたいな。

俺に向けてくれた笑顔も俺以外に向けていた笑顔も覚えている。

あぁ、こんなにぐるぐる頭の中を占めるならいっそ写真でも撮っておくんだった。俺にだけ向けてくれた笑顔だけ切り取って、余計なものは捨ててしまいたい。

「西中…さわ。澤くん…」

あれから分かったこと。
彼は西中学の生徒で、俺と同学年。どうやら特定の部に所属している訳ではないらしく、頼まれれば助っ人としてあらゆる部の試合に駆り出されているようだった。東中にもたまに来る。
運動神経はずば抜けていて、どのスポーツをしていても彼は楽しそうでとても輝いていた。

いつからか俺は、そんな彼を遠くから眺めるのが趣味みたいになっていた。そう言うとストーカーっぽいなぁ。一応自覚はあるけど、どうせ街に出れば因縁つけられてまた喧嘩になるし、そうでもしてなきゃ放課後は暇だし。

寝ても醒めても、彼のことばかり。苦しいけれど、楽しくもある。彼は無表情が多いのかと思ったら意外にころころと表情が変わって見ていて飽きないし、いつも楽しそうで何だかこっちも面白い気分になる。誰かにこんなに興味を持ったのも初めてで、正直どうしたらいいのか分からないけれど。

…もっとちゃんと話してみたいなぁ。触ってみたい。もう一回、笑ってくれないかなぁ。

自分にもこんなに「欲」というものがあったことにも驚きだ。

そうして最近ベストポジションだと気付いた木の上でグラウンドを眺めていると、下から声がした。

「くっそ、あいつホントどうにかなんないかな…。全っ然ボールにすら触れねーし」

「あいつって?」

「ほら、あの澤ってちっこいやつ!あいつさえいなきゃこっちだってちょっとは点入れられるのにさ」

「あーあいつなぁ。聞いた話だと別にサッカー部員じゃないらしいぞ。舐めてんのかって感じだよな」

「それ俺も聞いた!何か帰宅部のクセして色んな部活の助っ人でたまに試合混ざってるって話だぜ。真面目に毎日練習してる奴馬鹿にしてるよ絶対」

そういやあの子この間はテニス部の試合に混ざってたな。シングルでもダブルでも、大差で圧勝してた。めっちゃ嬉しそうに笑ってたから俺も何か嬉しくなったんだ。

「…やるか。もうこれしかねぇ」

…あ?

「やるって何を?」

「要はあのチビが試合に出られなくなりゃいいんだよ。試合中にたまたまボールがぶつかって怪我でもしたら、欲を言えば足でも折れてくれりゃいいわけだ」

「…あーぁ。なるほどね。たまたま当たったんなら、仕方ないよね?」

あいつらの意図はすぐさま理解した。と同時に、今まで感じた事が無い何かどす黒くて嫌なものが腹の底から湧き上がるのを感じた。

あ。やばい。

耳元でプツッと何かが切れる音がして、俺の身体は勝手に木の上から飛び降りていた。最後に覚えているのは、俺の顔を見て真っ青に引きつった二人の男子生徒の顔。
それからの記憶は無い。気がつくと手の甲にべったりとついた返り血と、先程の生徒たちが足元で倒れているのが見えた。

あぁ。成る程。
喧嘩には慣れているけれどそれはいつも売られてきた喧嘩を買ってきただけで、自分から怒って殴りかかったりしたことなんて一度も無かったのに。まして特に不良という訳でもない、同じ学校の弱っちい一般生徒になんて。
息、はしてるな。何か足を押さえて呻いてる。もしかして俺が折っちゃったか。まぁ、ここに転がしとけば誰かが気付くだろう。

遠くで、あの子の声がする。
サッカーボールを地面に落とさないように、友達と競争しているみたいだ。怒ったり笑ったりして、すごく楽しそう。

トイレでじゃぶじゃぶと汚い血を洗い流す。パッと鏡を見ると、頬にも少し返り血が。こんなの慣れっこだった。今まで人を殴ったり殴られたり蹴ったり蹴られたり、散々してきたけど何も思わなかったのになぁ。
やけに白い肌に浮いた醜い赤がつうっと垂れて、パタッと流し台に滴り落ちた。

俺のこんな姿を見たら、あの子はどんな反応をするだろう。さっき保健室に運び込まれていったあいつらをあんな風にしたのは俺だと知ったら、どう思われるだろうか。
怖がるだろうか。避けられるだろうか。嫌われる、かもしれない。

少なくとも、好かれはしないだろう。

「イメチェン、しよう」

見た目だけじゃなくて中身も。あの子に釣り合うようになろう。もう遅いかもしれないけれど、他に何も思いつかないから。
もう見ているだけじゃ嫌だ。近づきたい。もっともっと、近づきたい。
あの白い肌に触れ合うほどに近づいて、それで。それから。

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