俺たちがやって来たのは少し大きめのスポーツ用品店。
俺は真っ直ぐにシューズ売り場へ向かい、持っている予算内で欲しい靴を探していた。
しかしふと気付くと、隣に藤倉の姿が無い。ついさっきまですぐ近くに居たはずなんだけど…。俺がシューズ選びに夢中になっている内に、違うものでも見に行ったのかな。いつもすぐ隣に引っ付いてるから、たまに居ないと何となくすうすうして変な感じになってしまう。
「あ、居た」
きょろきょろと辺りを見渡すと、見慣れた髪色が少し先に見つかった。背が高いと見つけやすいなぁ。藤倉が居たのはすぐ隣の野球コーナーだった。そうっと近づいて見ると、藤倉は何やら野球のボールを持って優しく微笑んでいる。
…何だろう。彼の柔らかな眼差しは見慣れた表情だけれど、何故その表情をボールなんかに向けているんだろう。不思議に思って聞いてみる。
「何やってんの?」
「んー?ちょっとね」
「お前って、野球好きだったっけ」
「嫌いではないよ。野球自体にはそんなに興味無いかも」
じゃあ何故ボールに対してそんな表情を…。あ、もしかして。
「そのボール欲しいのか?」
「ボール?あぁ、いや。…もう持ってるから」
野球に興味無いのにボールは持ってる…?何でだ?確か兄弟居なかったよなぁこいつ。聞けば聞くほど謎は深まる一方だ。
「それより、靴見つかった?って、それ…」
藤倉はボールを元にあった所に戻すと、俺が手にしていた靴を見て少し目を見開いた。
「あぁ、色々悩んだんだけど結局お前が選んだやつが一番良さそうだったからこれにする。待たせて悪かったな」
「………っ」
「え、何、どうした?」
「いや、大丈夫。うん」
口元を押さえて何やら驚いたような嬉しいような表情をしているこの藤倉も見慣れたものだが、何でこんな喜んでんだこいつ…?
わっかんねぇ…。
「じゃあ俺会計してくるけど、」
「本当にそれでいいの?」
「へ?」
「本当の本当に、俺が選んだ靴でいいの?」
すごい真剣な眼差しで聞いてくるもんだからちょっとビクッとしてしまったが、俺は迷い無く頷いた。
「何言ってんだよ、いいに決まってんだろ。癪だけどお前が選んだんなら間違いないだろうし」
何故だか色合いとかも俺の好みドンピシャだし。
「あーもおぉ…」
そうして顔を隠して天を仰ぎ見るオーバーリアクションをする変人を置いて、俺はレジへと向かった。もうあれは奴の発作みたいなものだと思うことにする。
これは推測だが、多分物凄く嬉しかったり恥ずかしかったりした時になるんじゃないかな、あれ。
何がそんなに…ってもう何回目だこの台詞。
何故藤倉は、こうも俺に懐いてくれているんだろう。
何故こうも俺の行動や言動ひとつひとつに一喜一憂するんだろう。
俺は彼に、何かしただろうか。
「与えてもらってばっかりだ」という彼の言葉を思い出した。
…そんなの、俺の台詞なのになぁ。
二人で遊んだ帰り道。ずっとポケットに入れていたものを藤倉に手渡した。
「これ、今日付き合ってくれたお礼」
「………へ?まさか俺に?」
「他に誰がいるんだよ。靴も選んでくれたし、助かったからさ。それに、」
「それに?」
「今日、超楽しかった。また遊ぼうな」
「………っ!あ、りがとう」
買い物した後一緒にラーメン食ったりゲーセンで遊んだり、あっという間に一日が過ぎてしまった。まるで普通の男子高校生の休日みたい…ってまぁそうなんだけど。
藤倉に渡したのは、靴と一緒にこっそり買った野球ボールの小さなキーホルダー。野球はそんなに興味無いって言ってたしボールなら持ってるらしいけど、他に何も思い浮かばなかったのだ。それでも何か渡したかった。
こんなの、ただの自己満足に過ぎないって分かってるけど。
「澤くん…これ」
「あぁ、野球興味無いって言ってたけど他に何が良いか分かんなくてさ。悪いな、そんなんで」
「………ううん」
「…藤倉?」
あ、またあの目だ。あの店で野球ボールを見ていた時の、柔らかく細められた目。
まるで宝物でも眺めているかのような、何かを懐かしむかのような、ふわりと優しい眼差し。
「うれしい。…すごく、嬉しい」
「なら良かったけど」
「俺も今日、すっごく楽しかった」
「うん、俺も」
「…これで二個目だ」
「うん?」
「んーん。ありがとね。家宝にする」
「いや大袈裟過ぎだろ」
俺が突っ込むと藤倉は珍しく「ふはっ」っと吹き出して思い切り笑った。
こいつは本当によく笑うけれど、こんな風に声を出して笑うのは珍しい。
藤倉が見せる色んな表情の中でも、俺はこいつの無邪気に笑った顔が一等好きだ。楽しいって全身で伝えてくれているみたいで、俺も楽しくなれるから。
だけど最近、まるで誰かに心臓を掴まれたみたいに胸がぎゅっと苦しくなる時があるんだ。
…なぁ、藤倉。お前はそんな顔、俺以外にも見せたりしてるのかな。
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