「花だ」
「花だな」
「花が見える」
「奇遇だな。俺にも見えるわ」
主に藤倉くんの周りに…。
休憩時間。教室の窓から、恐らく校内一有名であろう二人が通り過ぎるのが見えた。それを見たクラスメート達は一様に同じことを考えていたようだ。
「私にも見えるわ!!」
「うぉっ?!藤倉ファンクラブ部長?!」
突然立派な一眼レフを手にした女子生徒が会話に割り込んで来たかと思うと、直ぐに二人が消えた方向へと小走りで去っていった。その後も凸凹コンビの後を追うように、颯爽とカメラを持った数人の女子生徒達が通り過ぎていく。きっと我が校のアイドル的存在のベストショットを狙っているのだろう。
「…廊下は走らねーんだな。一応校則は守るのか」
「一眼レフはセーフなの?」
「さあ。今日も平和だしいんじゃね」
「…なぁ。てかあの二人ってさ、何であんなに仲良いの?」
「え、今更それ聞くか?」
「だって何か接点とか無さそうじゃん?中学もちげーし」
「っていうか藤倉と接点ある奴ってやっぱそういう…?いやでも澤はそんなんじゃねぇしなぁ」
「澤は確か一年の体育の授業から話すようになったって言ってたぞ。クラス隣で体育は合同だし、よくペアになるからって」
「いや、ちょっと待てよ…。おかしくね?体育合同なのはともかくさ、名前順でも背の順でもペアになるかな。『さ』と『ふ』だぞ」
「………」
「………」
「…あ、やべー次の英語の宿題やってねーわ」
「俺も辞書借りてくるわ」
「この話はこんくらいにしとくか…」
「お、おう。まぁ藤倉くんも噂ほど悪い奴じゃ無さそうだし、」
「澤も何だかんだ楽しそうだしな」
藤倉の過去に関しては、校内でも知っている者と知らない者が半々くらいだろう。何と言っても見た目と雰囲気が中学校からガラリと変わっているせいで、例え中学校時代の彼を知る者でも気付かないパターンが多い。
しかし藤倉の澤に対する執着については言わずもがな周知の事実であり、それに関しては深く突っ込まないことが男子生徒の間では暗黙の了解となっていた。
一方女子生徒はそうでもないらしく、先程の通り二人を応援(と言っていいのか分からないが)する者、構わず藤倉の彼女の座を狙う者など様々だ。
「…今日も後ろが騒がしいなぁ」
ぼそっと何気無く呟いた澤の一言は隣の変態に拾われたらしい。
「だよねー。俺もちょっと思ってた。今度ちょっと注意しておくから」
「注意ってお前なぁ…一応お前のファンの人達だろ。ちょっと賑やかなだけで今のところ迷惑なことはされてないし…程々にな」
「澤くんは相変わらず優しいなぁ。まぁ空気は読んでくれるみたいだから程々にするよ」
それでも、ちょっと妬けるな。あんな子達のことまで気遣わなくてもいいのにな。なんて。
少ししか出ていないはずのピリッとした空気を感じ取ったのか、澤は徐に手を伸ばすとわしゃわしゃと藤倉の頭を撫でた。もはや癖になりつつある行為だ。
澤の予想だにしない行動に藤倉は驚いて無表情になり、一瞬固まってしまった。
「はいはい、そんな顔しないの。確かにお前に好意持ってくれてる人達だからぞんざいに扱っちゃ駄目だとは思うけど、お前が迷惑なら迷惑ってちゃんと言っていいんだからな。ただ言い方には気を付けろよってのが言いたかっただけ」
「………うん」
よーしよしと言わんばかりにわしゃわしゃと頭を撫でられる。藤倉はというと、澤が撫でやすいように自然と身体を前屈みにしてされるがままになっていた。
驚きやら嬉しさやらちょっと恥ずかしいやらで、顔は無表情のままだ。
…以心伝心。何だか最近、澤くんからの距離も近いような…。なんて頭の中はぐるぐるしているが。
「ねぇ何あれ」
「散歩だよ」
「散歩か」
「散歩中だな」
「花が見えるぞ」
主に飼い犬の周りに…。
教室の窓から身を乗り出して、温かい眼差しで見守る面々。もはや彼らにとっても見慣れつつある光景だが、いつ見ても飽きない不思議な景色でもある。
飼い主大好きなかなり美形の大型犬と、その飼い主。澤の友人たちには少なくともそういうイメージで捉えられているようだ。
「それにしても、あんな光景が繰り広げられてるのに今日は奇声もシャッター音もしねぇな」
「あぁ、動画モードなんだろ。貴重なシーンだし」
「貴重かな。最近よく見る気がするんだけど」
「まぁ本人にはびっくりするくらい全く自覚ねぇけど、藤倉くんにあんなこと出来るの澤だけだもんな。貴重といえば貴重だろ」
「…今日も平和だなぁ」
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