「わーっかんねぇ…」
というか面倒臭い…。数学嫌い。なのに課題が無駄に多い。
はあーっと長い溜め息を吐いて勉強机に突っ伏した。全然集中出来ない。
っていうか勉強中ずっと目が合うんだよなぁ、こいつと。
ちらりと視線をあげた先にはくりくりの目を輝かせてこちらを見ている、豚さん。の、貯金箱みたいなもの。そう、これはどういう風の吹き回しか誕生日でもないのに藤倉が俺にくれたやつだ。確かに良く見える所に飾ってねとは言われたが…。
散らかった俺の部屋じゃ他に置き場所もなくて、豚さんは勉強机の上に置きっぱなしになっていた。
…それにしてもめっちゃ目が合う気がする。
いや、勉強に集中出来ないのをこいつのせいにするのはどうかとは思うんだが。しかしこの豚さんを見る度にどうしても奴のことも一緒に思い出してしまう。
…このくりくりの目が俺に似てるとか言ってたな。似てるか?そんなことないと思うんだけど。前々から思っていたが、あいつの美的感覚は大丈夫なのか。毎日鏡で綺麗なものを見過ぎておかしくなっちゃってるんじゃないか。
やっぱりどうしてもやる気が出なくて、左腕を枕にして机に突っ伏したまま、右手でころころと消しゴムを転がした。
脳裏に浮かぶのは、ヘラヘラしたあいつの顔ばかり。それから、たまーに見せる弱気な顔。ふわっふわの猫っ毛に、伏せると長さが際立つ睫毛。一見スラッとしてるのに、意外と筋肉のついた腕や背中。そして、俺を見る柔らかな眼差しと、…あの感覚。
…変なの。変な感じ。
「………」
俺はぼうっとしながら何となく右手で犬の形を作り、その口先でずっとこちらを見つめている豚さんにちゅっと口付けた。
口って言うか、この場合は鼻かな。
まぁどっちでもいっか。ってかあれだな、これ犬っていうより狐だな。なんて右手の狐(仮)の口をパクパクしながら考える。
課題は…あと半分くらい、かな。
翌日。
藤倉の俺に対する態度がいつも以上におかしかった。いつもおかしいが、今日は飛び抜けて変だ。いつもヘラヘラしているが、今日はヘラヘラというよりにやにやという擬音の方が似合っている。正直見ていてちょっとイラッとするくらいだ。
一応抑えようとはしているみたいだがそれでも口角はいつも以上に上がりっぱなしだし、細められた瞳はまるで愛おしいものでも愛でるような甘さを孕んでいる…ように見える。
あ、分かった。これあれだ、猫好きが猫撫でてる時の表情だ。多分。
「何?何かいいことでもあったのか?」
ちらっと俺を見ては口元を押さえぷるぷるしている隣の変人に一応聞いてみた。髪が風で揺られて、少しだけ見えた耳がほんのり赤い。
「ん…。ごめん。いいことっていうか、うん。ちょっと朝になってもにやけるのが止めらんなくて…」
「…そうか」
深く突っ込むのは止めておこう。藤倉に関しては、常人では理解できる範疇を超えていることが多々ある。従って良く分からないことは深く考えないのが吉だ。ぶっちゃけ面倒臭い。
…それにしても本当に感情豊かな奴。楽しそうなこいつを見ているのは嫌いじゃないが、一体何がこんなにこいつを喜ばせてるんだろう。
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