それからまた一週間。
相変わらず店は見つからない。
不思議な体験をしたのだということにして諦めればいいものを、僕は未だに探すのをやめられないでいた。
だってネクタイを貰ったままで、お礼も何も無しで…。それから…。
それから?本当に、それだけだろうか。
僕は彼に会って、何をしたいんだろう。泊めてもらったお礼と、ネクタイのお返しと…。それから…。
どうしてあの時。
また無意識に唇に手が伸びていた。
夢なら早く醒めて欲しい。もう見つけられないのならばいっそ忘れさせて欲しいのに、僕は未練がましく未だに鮮明に覚えている。
唇をなぞるのも、無意識に零れる熱い溜め息ももう何度目か分からない。
たった一晩。彼と話すのはとても楽しかったし、居心地が良かった。不可思議なものが並ぶ一階とは違って二階の彼の生活スペースはシンプルで優しい雰囲気で、そして、暖かかった。
会ったばかりのはずの僕に彼はとても優しくしてくれた。あの居心地の良さは、彼自身が作り出していたものなのかもしれない。
青年と過ごしたのは、寝る前のひと時と朝出勤するまでの数時間だけだ。ただ向かい合って食事をして、他愛の無い話をして、笑い合って。
それだけなのに。他には、あのキスの他には何も無かったのに。
彼は「これだけは許して」と言った。許してって、どういうことだろう…。分からない。分からないことばかりなのに、いや、分からないことばかりだからこそ僕は彼に。
会いたい。
「…もう一度、会いたい」
思わず本音が零れ落ちる。するとふと、視界の端に白い何かが走り抜けて行くのが見えた。僕はほぼ反射的に顔を上げ、直感に突き動かされるままにそいつが消えていった茂みへと飛び込んだ。ガサガサと音を立てながらも漸く道らしき道に出て、頭に付いた葉っぱを払い落とす。
前を見ると、猫が座ってこちらを見ていた。見覚えがあるような、ないような…。白とも灰色とも言えないような、しかし限りなく白に近いような不思議な毛色をした猫。
「あ、もしかして…っ!」
あの時、あの路地で一瞬僕の後ろを通り過ぎて行った猫じゃないか?!やっぱり猫だったのか。あの時は早すぎてちゃんと確認できなかったけれど、僕は直感的にそう思った。そうであって欲しいという願望も入り混じってはいたが。
猫とぱちりと目が合うと、まるで僕が茂みから出てきたのを確認したかのように突然走り出した。
もしかして、もしかしたら…!あの猫は道を知っているかもしれない!あの子についていけばまたあの路地に出られるかもしれない…!どの道他に手がかりは無いのだ。
気付けば僕は、猫の後を追って走り出していた。
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