mitei かみなり | ナノ


▼ 1

大型連休最終日の夜。
外は大雨。
明日からまた月曜日。

…どうせならもっと土砂降りになって、雷でも鳴ればいいのに。

深夜一時。そんなことを思いながら布団の中で雨の音を聴いていた。
雨は嫌いじゃない。雷も、昔から嫌いじゃなかった。いきなりブレーカーが落ちてゲームのセーブデータが飛びさえしなければ、だけど。

それにしても、中々寝つけない…。
明日からまた朝と呼べる時間に起きなければいけないというのに、休み期間中ほとんど昼過ぎまで寝ていたせいか体内時計が壊れてしまっているようだ。

出来るだけ現実のことは考えないように、どうでもいいことだけを考え頭を働かせないようにしながら漸くうとうとしてきた、午前二時。あと数時間で、布団から出なければいけない。
夢と現の狭間。もうすぐで眠りに落ちる、その瞬間。
一瞬閉じているはずの視界が明るくなる。
外で何かが光った…?
次いで、

ドドドン!!

すぐ外で太鼓でも叩いてるのかというような凄まじい音と衝撃が伝わる。

あぁ、雷が鳴ればなんて思いはしたけれど、何もこんなタイミングでなんて望んでいない。折角あともう少しで眠れるところだったのに…。

雷の光と音にズレがあった、ということは、まだ遠くにあるのだろうか。
それにしてはやたらと大きな音と衝撃が響いた。
もしあれだけの雷がすぐ近くで落ちたならば…

考えても致し方あるまい。どれだけ考えたって、俺に出来るのは明日に備えて瞼を閉じ、なるだけ早急に意識を手放すことだけだ。
全くどこのどいつだ、社畜なんて言葉を考えた輩は…。俺は違うぞ。断じて。きっと。多分。probably.

さあてもう一度、奴が再び落ちてくるより早くに俺は夢の世界に落ちねばならない。
目を閉じて、深呼吸。しばしの沈黙…。

ザーッ…ポツポツ…
カチ、コチ、カチ…

窓を穿つ雨音と、容赦なく朝が近づいて来ることを告げる時計の音。
時間は確認しないが、俺のぶっ壊れた体内時計では恐らく午前三時。の、十四分前。

じっとしていると、さっきより幾分夢に近づいてきた。
あの迷惑な雷は、さっきの一度きりだったのかな…なんて、思っ…て、い……ると、
もうほとんど眠りに落ちる、まさにその時。

ドドドドドン!!!

さっきよりもずっと凄まじい音と衝撃、そして今度は光も同時にやって来た。

う、うるさい…これは流石に、起き…ん?

何だか身体が重いな。というか、腰の辺りが、妙にずっしりして動き辛い。
金縛りにしてはやけに範囲が限られているようだ。

自由に動く上半身を使いリモコンで部屋の電気をつけた。そして奴と、目が合う。

「…………………え」

あ、これ駄目なやつでは。え、不法侵入?強盗?着物っぽいからまさかゆうれ…いやいやいつから?何で?ここ4階…じゃなくて、警察、あれスマホどこだ、ちょっと待ってやばいやばいやばい。

落ち着け…る訳ない。こんな状況で。
ざっくり言うと、雷で起きて電気つけたら誰かが俺の上に馬乗りになっていた。
ざっくり言っても怖い怖すぎる事態だ。
とりあえず今俺に必要なのはスマホと振り払えるだけの強靭な腕力とポリスメン。

駄目だ言葉が出ない。というか恐怖で身体が動かない。

俺の上の男…男だよな?は、ただただ無言で俺を見つめるのみ。
とは言え男、と判断したのはそいつの喉仏からだ。

さらさらとした黒髪はやけに長く後ろで束ねており、顔つきもどこか幼い上に中性的で女性と見紛う程だ。はっきりと開かれた大きめの瞳とすっと通った鼻筋は、見るものを惹きつける所謂美形、というやつだろう。別に羨ましくなんかないが。断じて。
…歳は、十代後半か二十代前半かな。せいぜい俺よりちょっと年下ぐらいな気がする。

それにしても最も目を引くのは…この透き通った金の瞳。
とても犯罪者の目とは思えないほど透き通っており、こんな安物の電球の灯りすらきらきらと反射してまるで一級品の宝石のようだ。

と、恐怖のあまり逆に冷静に不法侵入者を観察してしまったが、この意味不明な事態は変わらない。何とかしなければ。

「…喜ばないのか」

唐突に、不法侵入者が口を開いた。やけに形のいい唇が僅かに動く。

「お前が鳴ってほしいなんて言ったからわざわざ来たのに、喜ばないのか」

身体の芯を揺さぶるような低い、しかしやけに聴き心地の良い声だった。

それにしても、鳴ってほしい…?わざわざ来た、とは?
一体何のことだろうか。

長い睫毛を伏せ、金眼の不法侵入者は俯いた。俯いたせいで、美しい輝きが隠されてしまった。
…何故そこで俺は落胆しているのか。それどころではないはずだ。

「あ、の…」

しばしの沈黙の後、漸く俺の喉が仕事を再開した。とりあえず、そこから退いてもらわねば。…話が通じるのであれば。

「とりあえず、重いから退いてくんない?」

恐る恐る尋ねる。

「…やだ」

…なぜ。

速攻で拒否された。

「折角ここまで来たのに、退いたらアンタ逃げそうだもん」

だからやだ、と。首を傾げて俺を見る金色。彼が首を傾けると、美しい黒髪がさらりと揺れる。
金の瞳が、俺を射抜く。

いや、射抜かれてたまるか。
逃がさないってことか…。この少年、もう少年でいい、二十代かもしんないけど。
とにかくこいつは一体何がしたいんだ。

「何が目的だ」

今度はさっきより強い口調で問う。
はっきり言って限界だ。明日何時起きだと思ってんだ。返答によってはこちらも手段は選ぶまい。

「強いて言うなら、」

言うなら、何だ。

「一緒にいること」

………ほほう。ちょっと予想の斜め右上を飛んでいったな。
金目当ての強盗かと思ったがこれはもしかして、複雑な家庭事情を持つ家出少年なのかもしれない。もう寝たい。
いや、一応確認しなきゃ。

「一緒に、って、誰と、誰が?」

「俺とアンタが」

「…いつまで?」

「ずっと」

「…ずっ、と?」

「そう。ずぅっと」

ザーッ…ポツポツ…
カチ、コチ、カチ…

……………寝るか。
とりあえず明日考えればいいや。
強盗なら即ポリスメンに連行だが、家出少年ならば朝になってから親御さんに連絡するなり交番に連れてくなりすれば良いだろう。何なら会社行く途中にでも。
交番あったかな。

「ねぇ、」

寝る前は出来るだけ難しいことは考えず、思考を空にするに限る。
いっそ吹っ切れた俺は、謎の家出少年の心地良い声を聞くともなく聞いていた。

「とりあえず、一緒に寝てい?」

寂しいのかな。余程辛い事情でもあるのかもしれない。そうじゃなきゃ家出なんて。
俺の中でこいつは完全に怪しい不法侵入者から悲しき家出少年に変換されていた。

俺が返事をするより前に、彼は同じ布団に潜り込んできた。
俺も体格が大きい方ではないとはいえ、一人分に二人が寝るのはやはり厳しい。
そして少年は何故かがっちりと俺を抱き締め、腕枕されているような状況になった。
寝転んで初めて分かるが、こいつは結構俺よりも背が高いのかもしれない。
いや、まだ認めないけど。
そして彼からはふわりといい匂いがした。花の匂い…みたいな。その辺は詳しくないが、甘くてどこかミントみたいにすっと爽やかな、とても安らぐ香りだ。

出会ったばかりの得体も知れない奴にこんな風にして抱き締められながら眠るなんて、ほんの数時間前までは思いもしなかった。こんなことされてもちっとも嫌じゃないなんて、俺も相当に疲れているのかもしれない。
連休満喫したはずなんだが、まぁいいか。
何だかとても眠くなってきた。
金の彼は俺の首筋に顔を埋めたまま、すーすーと寝息を立てている。ちょっとくすぐったい。

変なやつ。
この状態で寝られる俺も、きっと…。

後のことはまた明日考えるとしよう。



「おやすみ」



end.

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